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潜伏キリシタン世界遺産に=長崎など、国内22件目-ユネスコが登録決定 はてなブックマーク - 潜伏キリシタン世界遺産に=長崎など、国内22件目-ユネスコが登録決定

 バーレーンの首都マナマで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は30日、日本が推薦していた「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本両県)を世界文化遺産に登録すると決定した。文化庁が同日発表した。
 国内の世界文化遺産は、昨年の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)に続き18件目。自然遺産を合わせると22件目。
 登録されるのは、キリスト教が禁じられた江戸~明治初期に、既存の社会、宗教と共生しながら信仰を守り続けた潜伏キリシタンの集落や、島原の乱の舞台となった原城跡(長崎県南島原市)、国宝の大浦天主堂(長崎市)など12件。

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 事前審査したユネスコの諮問機関は、「禁教期にもかかわらず、ひそかに信仰を継続した独特の文化的伝統の証拠だ」と評価。30日の審議でも、「ユニークで傑出した歴史を語る価値ある世界遺産だ」などと登録を支持する意見が各国から相次いだという。
 政府は当初、キリスト教伝来から弾圧を経て復活するまでの歴史的価値を伝える「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として、2015年に推薦書を提出。しかし、諮問機関から日本の特徴である禁教期に焦点を当てるべきだとの指摘を受け、いったん取り下げて構成資産を絞った上で、17年に再推薦していた。
 奄美・沖縄地方の4島(鹿児島、沖縄両県)も自然遺産に推薦していたが、5月に諮問機関から「登録延期」との勧告を受けて取り下げた。
 今年2月に文化遺産として推薦した「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)の審査は来年行われる。[2018.06.30]
via https://www.jiji.com/jc/article?k=2018063000413&g=soc


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・曲折経て登録実現=苦難の歴史、後世に-潜伏キリシタン世界遺産
 世界文化遺産への登録が決まった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。厳しい弾圧に耐えながら2世紀以上にわたりひそかに信仰を守った「潜伏キリシタン」が育んだ独特の文化的伝統として高く評価された。悲願達成までの道のりには、推薦の先送りや取り下げなど紆余(うよ)曲折もあった。
 当初は、長崎県沿岸部や離島に散らばる教会を中心に、キリスト教の伝来から弾圧、復活までを伝える歴史的価値を強調。大浦天主堂で信徒が信仰を告白した「信徒発見」から150年となる2015年の登録を目指し、文化審議会で世界遺産への推薦候補に選ばれた。
 しかし、内閣官房が推す「明治日本の産業革命遺産」との競合となり、官房長官裁定で14年の推薦は見送りに。中村法道知事は「先行して手続きが進んでおり、高い評価も得ていた」と悔しさをにじませた。
 翌15年、晴れて推薦されたものの、事前審査をした諮問機関から禁教期に焦点を絞るよう指摘を受け、いったん推薦を取り下げた。推薦書作成を担当してきた県職員川口洋平さん(49)は「ショックだった」と振り返る。
 それでも、「受けた指摘は納得できる」と、内容の見直しに着手。教会周辺の禁教期の遺跡や、信仰の隠れみのとなった神社や寺なども含め、集落を中心とした構成に変えた。川口さんは「内面を隠し、仮面を着けて困難を乗り越えた人たちの歴史だ。宗教を超え、現代にも訴えるメッセージがあると思う」と強調する。
 構成資産の一つ「外海の出津集落」(長崎市)にある出津教会堂の教会守で、観光客らに歴史を紹介している高橋渉さん(75)は「禁教期を乗り越えた先祖が苦労して作った教会。そういう歴史を知って、見てもらいたい」と訴える。
 via https://www.jiji.com/jc/article?k=2018063000414&g=soc

・世界が祝福!長崎・天草の「潜伏キリシタンの文化」が世界遺産に登録
 https://matome.naver.jp/odai/2153039991441825801

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マザー・テレサが「聖人」に はてなブックマーク - マザー・テレサが「聖人」に

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インド東部のコルカタを拠点に貧者の救済活動に尽力した故マザー・テレサ(1910~97年)が9月4日、カトリック教会で最高位の崇敬対象となる「聖人」に認定された。
ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は4日、バチカンのサン・ピエトロ広場で列聖式を挙行。広場に集まった約10万人の信者らを前に、「カルカッタのテレサを聖人に列する」と宣言した。

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■フランシスコ法王「あまりに身近な存在で、『聖テレサ』とは呼びにくい」
フランシスコ法王は列聖式の説教の中で、「慈しみの心は、彼女の仕事を味付けする"塩"であり、貧困と苦しみのために流す涙もなくなった多く人々の闇を照らす"光"だった」とマザー・テレサの功績を讃えた。
その上でフランシスコ法王は、「(マザー・テレサは)あまりに身近な存在で、『聖テレサ』とは呼びにくい。これからも私たちは、彼女のことを『マザー・テレサ』と呼び続けるだろう」と語った。この法王の言葉に、信徒たちは拍手で応えた。

■死後19年での「列聖」、異例の早さ
殉教者でない人が「聖人」に列せられるには、死後に2度の「奇跡」を起こしたことが認定される必要がある。
カトリックの歴史では、「聖人」や「福者」は死後数十年を経てから列せられることが多いが、マザー・テレサの場合は1997年に亡くなった直後から列聖を求める声が挙がっていた。
こうした声を受けて、バチカン(ローマ法王庁)が功績の審査を開始。2002年10月、マザー・テレサへ祈ったインド人女性の腹部の腫瘍が消えたことが「奇跡」と認められ、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世がマザー・テレサを「聖人」の前段階の「福者」に列した。
2016年3月には、危篤状態にあったブラジル人男性のために妻がマザー・テレサに祈った結果、回復したことを2度目の「奇跡」と認定し、フランシスコ法王が「聖人」に列すると発表した。

■教義的には保守派、2度の「奇跡」には疑問の声も
マザー・テレサは1910年アルバニア生まれ。「神の愛の宣教者会」を設立し、50年にインド・コルカタのスラム街で貧しい人たちへの救済活動を始めた。79年にはノーベル平和賞を受賞。97年に87歳で亡くなった。
ヒンドゥー教徒が人口の80%を占めるインドにおいて、キリスト教徒の数は2%ほど。生前、マザー・テレサには「ヒンドゥー教徒を改宗させようとしている」といった批判が絶えず、寄付金の出所をめぐっては国際的な武器商人が絡んでいるといった噂もあった。
カトリックの教義的には保守派で、中絶や避妊具などの使用に反対。94年に開かれたカイロ人口会議では、「平和の最大の破壊者は中絶です。母が子を殺せる社会で、人間同士の殺し合いをどうして止められますか」といったメッセージを寄せるなど、物議を醸した発言もあった。
このメッセージでマザー・テレサは、「まだ生まれ来ぬ子も含め、生命は最も美しい神からの贈り物であるのに、今日、世界中で戦争や暴力や中絶により多くの生命が奪われているのは耐えられないこと。神以外のだれも生命を奪うことはできない」とした上で、「もし、あなたが育てられないのなら、その子を私に下さい。どんな子も拒否しません。私が家を与え、愛する家族を見つけます。私たちは、何千という子供たちの養子縁組をすることによって中絶と闘ってきました」と、自らの活動について述べた。

CNNによると、マザー・テレサの奉仕活動をめぐっては、彼女の慈善団体の会計処理に不透明な点を指摘する声や、奇跡とされた病人の治癒は「現代医療によるものでは」と、疑問の声もあるという。
そうした批判もある一方で、マザー・テレサの活動は世界中に広がり、ヨーロッパやアフリカ、アメリカ大陸、オーストラリアのほか、香港やロシアにも彼女が創設した慈善団体の支部が置かれている。
via http://www.huffingtonpost.jp/2016/09/04/story_n_11862958.html


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