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日米首脳が真珠湾慰霊=安倍首相「和解の力」発信-75年の節目、同盟深化誓う はてなブックマーク - 日米首脳が真珠湾慰霊=安倍首相「和解の力」発信-75年の節目、同盟深化誓う

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 安倍晋三首相とオバマ米大統領は27日午前(日本時間28日朝)、旧日本軍が1941年に米国との戦端を開いたハワイの真珠湾を訪れ、犠牲者を慰霊した。首相はこの後の演説で、二度と戦争を繰り返さない決意を表明するとともに、戦後に強固な同盟を築いた日米の「和解の力」を国際社会に向けて発信した。謝罪や反省の言葉は盛り込まなかった。
 日米の首脳がそろって真珠湾を訪れるのは開戦後の75年間で初めて。攻撃を受けて沈没した戦艦アリゾナの上に建つ追悼施設「アリゾナ記念館」で献花し、黙とう。この後、海に花を投じ、犠牲者を悼んだ。
 首相と大統領はこの後、アリゾナ記念館から対岸の埠頭(ふとう)に移動し、並んで演説した。
 首相は「日米は歴史にまれな、深く強く結ばれた同盟国になった」と指摘。「私たちを結び付けたものは、寛容の心がもたらした『和解の力』だ」と語り、戦後の平和と繁栄を下支えした米国への謝意を示した。
 真珠湾攻撃に関して、首相は「ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、無辜(むこ)の民の魂に哀悼の誠をささげる」と強調。謝罪や反省には直接言及しない一方、「(兵士らの犠牲という)厳粛な事実をかみしめるとき、私は言葉を失う」との心情を表すとともに、「戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない。この不動の方針をこれからも貫いていく」と力説した。
 首相は演説の最後で「世界中の人々がパールハーバーを和解の象徴として記憶し続けることを願う」と訴えた。
 一方、オバマ氏は演説で、「一番の敵対国であっても一番力強い同盟国にもなり得る。それこそがこの真珠湾が示す真実の和解の力だ」と述べ、首相の真珠湾訪問の意義を強調。日米同盟について「アジア太平洋の平和と繁栄の礎となっている。かつてなく強固だ」との認識を示し、「亡くなった人たちを悼みながら、この二つの国が共に勝ち取ってきたものに感謝をささげたい」と語った。
 両首脳は記念館訪問に先立ち、大統領の任期中では最後の会談を行った。両首脳は「日米同盟をさらなる高みに押し上げる」考えで一致。来年1月に発足するトランプ次期政権を念頭に、同盟深化への決意を誓った。[2016.12.28]
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016122800079&g=pol&m=rss

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・日米首脳、静かに目を閉じ=生存者から歓迎の声-真珠湾訪問
 日米関係にとり歴史的な節目となった安倍晋三首相による27日の米ハワイ・真珠湾訪問。初夏を思わせる陽光が降り注ぎ、ワイキキビーチ沿いの繁華街が観光客でにぎわう中、20キロほど離れた慰霊施設「アリゾナ記念館」は厳粛な雰囲気に包まれた。「和解の力」をうたった首相の演説に、真珠湾攻撃の生存者からは歓迎の声が上がった。
 記念館は1962年、真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナの真上に建てられた。手すり越しにのぞき込むと、海底に横たわる船体が透けて見え、海面には漏れ続ける油が浮かぶ。戦死した1177人のうち900人以上の遺体が、今も艦内に残されたままだ。
 ダークカラーのスーツに紺のネクタイ姿の首相は27日午前、オバマ大統領と船に乗って記念館の船着き場に到着した。館内に入ると、大理石の壁に戦死者の名前が刻まれた慰霊の間に進み、少数の政府関係者が見守る中、2人で花輪を整える形で献花。黙とうをささげた。
 慰霊の間を出た2人は、床が吹き抜けになったスペースから、海面下の船体に向かって花びらを散らし、再び静かに目を閉じた。
 両首脳はこの後、近くの波止場に移り、強風にたなびく両国旗や日本が降伏文書に調印した戦艦ミズーリ、アリゾナ記念館を背に演説。真珠湾攻撃を生き抜いた元米兵3人をはじめ150人超の列席者が見守る中、首相は一言一言をかみしめるように「この地で命を落とした人のみ霊に永劫(えいごう)の哀悼の誠をささげる」と語った。
 大統領が演説を終えると、首相は大統領の誘導で真珠湾攻撃を生き延びた元米兵3人に歩み寄り、「サンキュー・ベリーマッチ」などと声をかけながら一人ひとりを抱擁。その一人、アル・ロドリゲスさん(96)は「訪問を楽しみにしていた。首相は期待していた以上のことをしてくれた」と、首相の訪問と演説を笑顔で歓迎した。
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016122800072&g=pol

◆安倍首相演説全文=真珠湾訪問
安倍晋三首相が27日(日本時間28日)、米ハワイの真珠湾訪問後に「和解の力」と題して行った演説の全文は次の通り。
 オバマ大統領、ハリス(米太平洋軍)司令官、ご列席の皆さま、そして、全ての、米国民の皆さま。パールハーバー、真珠湾に、今私は、日本国総理大臣として立っています。
 耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、柔らかな光に照らされた、青い、静かな入り江。私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。
 そこは、私に、沈黙を促す場所でした。亡くなった、軍人たちの名が、記されています。祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、さまざまな地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いた時、紅蓮の炎の中で、死んでいった。
 75年がたった今も、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と、波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。
 あの日、日曜の朝の、明るくくつろいだ、弾む会話の声。自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。生まれてくる子の、幸せを祈る声。
 一人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子どもたちがいたでしょう。それら、全ての思いが断たれてしまった。その厳粛な事実をかみしめる時、私は、言葉を失います。
 そのみ霊よ、安らかなれ-。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。
 オバマ大統領、米国民の皆さん、世界の、さまざまな国の皆さま。私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々のみ霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫(えいごう)の、哀悼の誠をささげます。
 戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を造り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、米国民の皆さまに、世界の人々に、固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。
 昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのを諦め、引き返し、戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
 彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気をたたえ、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のため命をささげた軍人への敬意を込め、「日本帝国海軍大尉(だいい)」と当時の階級を刻んであります。
 The brave respect the brave.
 「勇者は、勇者を敬う」。
 アンブローズ・ビアスの、詩は言います。戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、米国民の、寛容の心です。
 戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、米国民でありました。皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました。
 そして米国は、日本が、戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは、平和と繁栄を享受することができました。敵として熾烈(しれつ)に戦った、私たち日本人に差し伸べられた、こうした皆さんの善意と支援の手、その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。私たちも、覚えています。子や、孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。
 オバマ大統領と共に訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が、私の心に去来します。
 「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」。
 「永続する平和を、われわれ全ての間に打ち立て、大切に守る任務を、やり遂げる」。
 エイブラハム・リンカーン大統領の、言葉です。私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に、改めて、ここに、心からの感謝を申し上げます。
 あの「パールハーバー」から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました。それは、今までにも増して、世界を覆う幾多の困難に、共に立ち向かう同盟です。あすを開く、「希望の同盟」です。
 私たちを結び付けたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。
 私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領と共に、世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この、和解の力です。戦争の惨禍は、いまだに世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。
 寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ、「希望の同盟」なのです。
 私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。パールハーバー。真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。
 私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さん米国人の子どもたちが、またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。そのための努力を、私たちはこれからも、惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに、固く、誓います。ありがとうございました。

via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016122800082&g=pol&m=rss

・安倍首相へオリバー・ストーン監督ら公開質問状「日本が攻撃したのは真珠湾だけではない」【全文】
 http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/25/story_n_13854564.html

・「真珠湾」通告遅れは意図的か 対米開戦に新説 九大教授が米記録発見
 太平洋戦争の開戦通告が遅れたのは、ワシントンの在米日本大使館の怠慢だったとする通説を覆し、日本外務省が意図的に電報発信を遅らせたことが原因とする説が浮上している。九州大学記録資料館の三輪宗弘教授が、通告の訂正電報を外務省が13~14時間遅らせて発信していた記録を、米国公文書館(メリーランド州)で発見した。開戦から75年。安倍晋三首相がハワイ・真珠湾を訪問するが、通告の遅れに関する真相究明が進んでいる。
 日本が日米交渉の打ち切りを米国に伝えた「対米覚書」が、開戦通告と位置付けられている。
 三輪教授が発見したのは、覚書の一部である二つの電報の発信記録。外務省が大使館に発信し、米海軍が傍受したもので、1941年12月7日の「午前0時20分」と「午前1時32分」(いずれも米東部時間)とある。この電報の存在と時刻が何を意味するのか。
 旧日本軍が真珠湾攻撃を開始したのは、同7日午後1時19分。覚書が当時のハル米国務長官に手渡されたのは1時間後の午後2時20分だった。この遅れが、米国から「だまし討ち」と批判される原因となった。
 覚書は、外務省が発信した暗号電報を大使館が解読し、英文に直してタイプライターで作成した。長文のため、電報は14部に分けて発信された。
 1~13部は同6日午前8時~11時25分に発信されており、内容はこれまでの日米交渉を確認するにとどまる。交渉を打ち切るという「結論」は14部で初めて分かるが、ぎりぎりまで機密を保持するため、13部から約15時間後の7日午前2時38分に発信された。
 現在の通説はこうだ。大使館は6日中に13部までをタイプライターで清書し、7日朝に14部を追加すれば開戦前に通告できたはず。しかし、大使館は7日朝から1~14部の清書を始めたため、間に合わなかった。6日夜に大使館内で送別会があっていたことなどから、大使館の「怠慢」が通告遅れを招いた-。
 だが、三輪教授は、元外務省ニュージーランド大使の井口武夫氏が2008年の著書で触れた訂正電報の存在に注目した。当時、大使館の1等書記官だった奥村勝蔵氏が、1945年に「夜半までに13通が出そろったが、後の訂正電信を待ちあぐんでいた」と陳述していた。
 三輪教授は、大使館が1~13部の「訂正電報」を待っていたため、清書ができなかったとする仮説を立てた。訂正が175字に上っていたことも外交資料で分かった。当時のタイプライターは途中で挿入や訂正ができない。大使館は「訂正電報」が届くまで清書ができなかったのではないか。
 発見した二つの電報は、他の電報の詳細と突き合わせた結果、「訂正電報の可能性が極めて高く、奥村証言を裏付ける証拠」と三輪教授は読む。13部が発信された6日午前11時半から、二つの訂正電報が出されるまで13~14時間の「空白」がある。この間、大使館は清書ができない。
 これが事実とすれば、では何のために、外務省は訂正電報を遅らせたのか。
via http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/297940

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オバマ米大統領が歴史的な広島訪問:「原爆の惨劇、忘れない」全犠牲者を追悼 はてなブックマーク - オバマ米大統領が歴史的な広島訪問:「原爆の惨劇、忘れない」全犠牲者を追悼

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 オバマ米大統領は27日夕、現職米大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。オバマ氏は平和記念公園で被爆者らを前に「原爆投下の瞬間を想像する。歴史を直視し、このような苦痛を再び起こさないために何をしなければならないのかをただす責務がある」と演説した。その後、被爆者を抱き寄せ、言葉を交わした。
 オバマ氏は2009年1月の大統領就任時から被爆地訪問を模索、7年越しの実現となった。一方、米大統領に原爆投下の事実と向き合うよう求めてきた被爆者にとっては、長年の願いがかなう歴史的訪問となった。
 オバマ氏は約17分間の演説で「広島を訪れるのは朝鮮人と米兵捕虜を含む10万人を超える(原爆の)死者を追悼するためだ」と切り出し、戦争が罪のない市民に多大な悲劇をもたらしたと指摘。その上で、核兵器に対する恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、09年4月のプラハ演説で提唱した「核兵器なき世界」を追求しなければならないと訴えた。
 また、かつて戦火を交えた米国と日本の関係にも言及し「同盟だけでなく、友情も育んだ」と強調した。広島と長崎の未来は「核戦争の夜明けではなく、われわれの道徳的な覚醒のスタートである」と結んだ。大統領に同行した安倍晋三首相は「世界中のどこであろうと、このような悲惨な経験を繰り返させてはいけない。核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を示した。
 オバマ氏はこれに先立ち、原爆死没者慰霊碑に献花。拝礼はしなかったものの、神妙な面持ちで十数秒間黙とうした。演説後には、式典に招待された日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の坪井直代表委員(91)=広島市=ら2人の被爆者と通訳を交えて言葉を交わした。

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 坪井氏は、記者団に「オバマさんは一生懸命やったんじゃないかと思う。人類の幸せがどうすればなれるかといういい話をしてくれた」と語った。
 大統領は首相と共に平和記念資料館(原爆資料館)を訪れて記帳、原爆ドームも視察した。
 大統領は27日午後、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉幕後に大統領専用機で岩国基地(山口県岩国市)を訪問し、米海兵隊員と自衛隊員を激励した。同基地から専用ヘリで広島入りした。滞在は約1時間半だった。オバマ氏は今年に入って被爆地訪問の本格検討に入り、米国内で大きな反発がなかったことから決断した。[2016.05.27]
■オバマ米大統領発言骨子
 1、原爆犠牲者を追悼するために広島を訪問
 1、第2次大戦の全犠牲者を忘れぬ
 1、「核なき世界」の追求が必要
 1、1945年8月6日の記憶を風化させぬ
 1、日米は同盟関係だけでなく友情を構築
 1、われわれには歴史を直視する責任がある
 1、広島と長崎が核戦争の夜明けではなく、道義的目覚めの始まりとして知られる未来を選択

via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700769&g=pol

・オバマ米大統領、広島で献花 被爆者の手を握り、抱き寄せ
バラク・オバマ米大統領が27日、現職大統領として初めて被爆地・広島を訪問し、平和記念公園を訪れた。安倍晋三首相と共にまず平和記念資料館を見学した後、原爆死没者慰霊碑に献花した。第2次世界大戦のすべての犠牲者を追悼した。
大統領は献花の後、所感を読み上げ、広島への原爆投下について「空から死が落下し、世界が変わった」と表明。原爆投下は「人類が自らを滅ぼす手段を手に入れた」ことを意味したと述べ、「核兵器なき世界」への決意を強調。「広島と長崎が核戦争の夜明けとして知られる未来ではなく、私たち自身の道義的な目覚めとなる未来」の実現を呼びかけた。
オバマ氏は1945年8月6日の記憶は決して色あせてはならないと述べ、「広島の記憶によって自分たちは独善と戦える。広島の記憶が自分たちの道徳的想像力をかきたて、変化を促してくれる」と強調。さらに核兵器について、「恐怖の論理から脱却し、(核兵器の)ない世界を追求しなくてはならない」と述べた。
同様に核兵器なき世界実現のため「努力を積み重ねていく」と強調した安倍首相の所感発表の後、大統領は被爆者の人たちと言葉を交わした。日本被団協の坪井直代表委員の手を握りながら話にじっと耳を傾け、被爆米兵を調査してきた被爆者の森重昭さんをそっと抱き寄せた。
大統領はその後、安倍首相や岸田文雄外相の説明を受けながら、原爆ドームをじっと見上げた。
オバマ氏はかねてから表明していたように、原爆投下について謝罪はしなかった。
史上初の原爆投下で、広島では少なくとも14万人が死亡。3日後には長崎へも原爆が落とされ、さらに7万4000人が死亡した。
オバマ大統領は、主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)を終え、山口県にある米海兵隊岩国基地で米兵たちを前に演説した後、大統領専用ヘリで広島入りした。
大統領は岩国基地で「第2次世界大戦で命を落としたすべての人の思い出を尊重するための機会だ」と演説。「平和と、核兵器がもはや必要なくなる(世界の)安全保障を追及していくと、あらためて確認する機会だ」と述べた。
大統領は基地でさらに、米国と日本の同盟関係は「世界で最強の(同盟の)ひとつ」だと強調し、「いかにかつての敵国同士が単なるパートナーというだけでなく、最高の友達になれるか」を自分の訪問が示していると述べた。
米国では大勢が、原爆投下が甚大な惨禍をもたらしたと認めつつ、戦争を終結させたのだから正当だと考えている。
一方で、27日に原爆死没者慰霊碑を訪れた被爆者の家族は、被爆の苦しみが「世代を超えて続いた」と話した。ハン・ジョンスンさん(58)はAP通信に対して、「オバマ大統領にはそれを知ってもらいたい。私たちの苦しみを理解してもらいたい」と語った。
父親が原爆によって孤児となったサトウ・セイキさんは米紙ニューヨーク・タイムズに、「われわれ日本人はアジア各地で、ひどい、ひどいことをした。そしてわれわれ日本人は、それを本当に恥ずかしいと思っているのだし、アジア諸国に誠心誠意謝っていないのだから、謝罪すべきだ。しかし原爆投下はまったくの悪の行いだ」と話した。
広島で取材するBBCのジョン・サドワース記者は、オバマ氏の広島訪問について、中国の軍事的台頭を懸念するアジア地域で、米国と日本の同盟関係強化という戦略的な意味合いもあるだろうと指摘する。
岩国基地でオバマ氏はこの点について、「私は大統領として、米国が再びアジア太平洋地域で主導的立場を確実に担うように努めた。なぜならこの地域は必要不可欠だからだ」と述べた。[2016.05.27]
via http://www.bbc.com/japanese/36396490




◆オバマ大統領の広島スピーチ全文
71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。閃光と火の玉がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示されたのです。
なぜ私たちはここ、広島に来たのでしょうか?
私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。
私たちは、10万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、10人ほどのアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。
彼らの魂が、私たちに語りかけています。彼らは、自分たちが一体何者なのか、そして自分たちがどうなったのかを振り返るため、本質を見るように求めています。
広島だけが際立って戦争を象徴するものではありません。遺物を見れば、暴力的な衝突は人類の歴史が始まった頃からあったことがわかります。フリント(編注・岩石の一種)から刃を、木から槍を作るようになった私たちの初期の祖先は、それらの道具を狩りのためだけでなく、自分たちの同類に対して使ったのです。
どの大陸でも、文明の歴史は戦争で満ちています。戦争は食糧不足、あるいは富への渇望から引き起こされ、民族主義者の熱狂や宗教的な熱意でやむなく起きてしまいます。
多くの帝国が勃興と衰退を繰り返しました。多くの人間が隷属と解放を繰り返しました。そして、それぞれの歴史の節目で、罪のない多くの人たちが、数えきれないほどの犠牲者を生んだこと、そして時が経つに連れて自分たちの名前が忘れ去られたことに苦しめられました。
第二次世界大戦は、広島と長崎で、とても残虐な終わりを迎えました。これまで人類の文明は、素晴らしい芸術を生み出してきました。そして偉大な思想や、正義、調和、真実の考えを生み出してきました。しかし、同じところから戦争も出てきました。征服をしたいという思いも出てきました。古いパターンが、新しい能力によってさらに増幅されました。そこには制約が働きませんでした。
ほんの数年の間に6000万もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子供達。私たちと全く変わらない人たちです。撃たれ、殴られ、あるいは行進させられ、飢えさせられ、拘束され、またはガス室に送られて亡くなりました。
世界中には、この戦争の歴史を刻む場所が沢山あります。慰霊碑が、英雄的な行いなども含めて、色々なことを示しています。空っぽな収容所などが、そういうことを物語っています。
しかし、空に上がったキノコ雲の中で、私たちは人類の非常に大きな矛盾を強く突きつけられます。私たちの考え、想像、言語、道具の製作、私たちが自然とは違うということを示す能力、そういったものが大きな破壊の力を生み出しました。
いかにして物質的な進歩が、こういったことから目をくらませるのでしょうか。どれだけ容易く私たちの暴力を、より高邁な理由のために正当化してきたでしょうか。
私たちの偉大な宗教は、愛や慈しみを説いています。しかし、それが決して人を殺す理由になってはいけません。国が台頭し、色々な犠牲が生まれます。様々な偉業が行われましたが、そういったことが人類を抑圧する理由に使われてきました。
科学によって私たちはいろいろなコミュニケーションをとります。空を飛び、病気を治し、科学によって宇宙を理解しようとします。そのような科学が、効率的な殺人の道具となってしまうこともあります。
現代の社会は、私たちに真理を教えています。広島は私たちにこの真理を伝えています。技術の進歩が、人類の制度と一緒に発展しなければならないということを。科学的な革命によって色々な文明が生まれ、そして消えてゆきました。だからこそいま、私たちはここに立っているのです。
私たちは今、この広島の真ん中に立ち、原爆が落とされた時に思いを馳せています。子供たちの苦しみを思い起こします。子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。私たちは罪のない人々が、むごい戦争によって殺されたことを記憶します。これまでの戦争、そしてこれからの戦争の犠牲者に思いを馳せます。
言葉だけで、そのような苦しみに声を与えるものではありません。しかし私たちには共有の責任があります。私たちは、歴史を真っ向から見据えなけれなりません。そして、尋ねるのです。我々は、一体これから何を変えなければならないのか。そのような苦しみを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを自問しなくてはなりません。
いつの日か、被爆者の声も消えていくことになるでしょう。しかし「1945年8月6日の苦しみ」というものは、決して消えるものではありません。その記憶に拠って、私たちは慢心と戦わなければなりません。私たちの道徳的な想像力をかきたてるものとなるでしょう。そして、私たちに変化を促すものとなります。
あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。
アメリカ合衆国そして日本は、同盟を作っただけではなく友情も育んできました。欧州では連合(EU)ができました。国々は、商業や民主主義で結ばれています。
国、または国民が解放を求めています。そして戦争を避けるための様々な制度や条約もできました。
制約をかけ、交代させ、ひいては核兵器を廃絶へと導くためのものであります。それにもかかわらず、世界中で目にする国家間の攻撃的な行動、テロ、腐敗、残虐行為、抑圧は、「私たちのやることに終わりはないのだ」ということを示しています。
私たちは、人類が悪事をおこなう能力を廃絶することはできないかもしれません。私たちは、自分自身を守るための道具を持たなければならないからです。しかし我が国を含む核保有国は、(他国から攻撃を受けるから核を持たなければいけないという)「恐怖の論理」から逃れる勇気を持つべきです。
私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この「死の道具」が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません。
それだけでは十分ではありません。世界では、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。戦争に対する考え方を変える必要があります。紛争を外交的手段で解決することが必要です。紛争を終わらせる努力をしなければなりません。
平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。
私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。
人類の共通性、戦争が起こらない世界、残虐性を容易く受け入れない世界を作っていくことができます。物語は、被爆者の方たちが語ってくださっています。原爆を落としたパイロットに会った女性がいました。殺されたそのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています
アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのはアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。
しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。
だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。たとえば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。
亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは戦争は望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。
国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。
世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。

via http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html

・オバマ氏、4羽の折り鶴 その思いは…
 広島の原爆資料館はオバマ米大統領が訪れた後の27日夜に記者会見し、オバマ氏が佐々木禎子さんの折り鶴や資料などを見て、自身も4羽の折り鶴を資料館に寄贈したと説明した。佐々木禎子さんは、原爆症で12歳で亡くなり、「原爆の子の像」のモデルとして知られている。政府関係者によると、大統領が自ら折ったもので、小中学生に手渡したという。志賀賢治館長は「感慨深げな表情で、岸田文雄外相の説明を聞いていた。視察時間は短く残念だったが、伝えたかったことを伝えられたのではないか」と語った。

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 一方、広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長もそろって記者会見した。松井市長は「予定を超えるしっかりとしたスピーチだった。被爆者と心と心のやりとりがあったのでは」と話し、田上市長も「被爆者に自ら歩み寄り、思いに耳を傾けようとする姿に心を動かされた」と語った。
 さらに2人は、今回の訪問で核兵器廃絶への世界的機運が高まることに期待感を示した。松井市長は「世界の政治指導者が被爆地を訪問する流れにつながる」と述べ、田上市長も「ここ(広島)を人類の進む道を考えるスタートにしようというメッセージがあった。世界に伝わるはずだ」と強調した。
 via http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/150000c

・深過ぎる…オバマ大統領が自ら折った『折り鶴』の意味
 http://matome.naver.jp/odai/2146444773174463901

・オバマ大領領の原爆資料館見学は10分。報道されない10分の想いに胸が熱くなる
 http://spotlight-media.jp/article/285691533600308076

・【特別寄稿】TBSアナ久保田智子「私の広島、私達のヒロシマ」
 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/tbs.php

・アングル:オバマ大統領の広島訪問、核なき世界への一歩か
 http://jp.reuters.com/article/hiroshima-obama-idJPKCN0YG00H?feedType=RSS&feedName=worldNews

・そもそも広島の人たちは謝罪してほしいと思っているのか
 http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36386241

・原爆投下を正当化するのは、どんなアメリカ人なのか?
 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/post-5166.php

・オバマ広島訪問 謝罪より大切なこと
 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6878

・祖父は原爆投下機に乗っていた。アリ・ビーザーさんが、広島から被爆者の声を届ける意味
 http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/ari_beser_n_10159254.html

・マイケル・ムーア、オバマ大統領広島訪問の意義を語る
 http://www.cinematoday.jp/page/N0083095

◆Hiroshima Nagasaki Atomic bombing


◆「サダコの千羽鶴」 オバマ大統領の広島訪問でBBCが紹介



・オバマ大統領の広島訪問をふりかえって ~選挙・軍事和解・アメリカにおける原爆の位置づけと捕虜問題との関係~
 http://www.huffingtonpost.jp/tomoyo-nakao/obama_japan_b_10874778.html

・原爆投下から71年。「もう人々よ変わってくれよ」オバマ大統領が背を向けた被爆者の思い
 https://www.buzzfeed.com/sakimizoroki/what-obama-didnt-do-at-hiroshima?utm_term=.ftLXoyyxw#.tp8gZLLwA
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キューバ、歴史的共同会見と禁輸解除への道 はてなブックマーク - キューバ、歴史的共同会見と禁輸解除への道

USA-CUBA/
 アメリカのバラク・オバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長は昨日、ホワイトハウス記者団からの質問を受けた。両国にとって歴史的な共同記者会見だ。カストロは、報道の自由に不慣れなところも垣間見せた。
「半世紀以上もの間、アメリカの大統領がここハバナにいる光景は想像もできなかった。今日は新たな時代の始まりだ」とオバマは言った。
 オバマは、自らの政権が両国間の緊張緩和のために行ってきた取り組みを強調した。
 オバマが最初にキューバ政策で新たな方向性を打ち出したのは2014年12月。それ以来、いくつもの政策変更を行ってきた。2015年5月にはキューバのテロ支援国家指定を解除。同年7月には、半世紀以上断交が続いた両国は、それぞれハバナとワシントンにある大使館を再開して正式に国交を回復した。
 2016年には郵便が回復。最初の郵便物にはオバマが76歳のキューバ人女性に宛てた手紙も含まれており、3月にキューバに届けられたという。アメリカの航空会社も、キューバとの直行便を復活させようとしている。「渡航を容易にして以来、キューバ系アメリカ人の里帰りが増えている」とオバマは言い、キューバの近代化においてキューバ系アメリカ人コミュニティーが重要な役割を果たせることを強調した。

■平均月収はわずか20ドル
 しかしオバマは、国交回復後の課題も忘れていない。「われわれは、半世紀分の仕事を抱えている」と、オバマは言った。「両国政府間の関係は一夜にして一変できるものではない」
 米国とキューバの間には、民主主義や人権をめぐる「きわめて深刻な相違」があるとオバマは言った。オバマがキューバに到着する数時間前にも、ハバナでは50人を超える民主化活動家が警察に逮捕されている。
 カストロは、キューバでは、医療も教育も無料であることなど、革命政府による優れた実績を強調した。
 しかし、CNNやMSNBCなどアメリカの報道陣から遠慮のない質問が飛ぶと、カストロは少し動揺したように見えた。今も拘束されている多くの政治犯に関して質問されると、カストロは「そんな囚人がいるならリストを出してほしい。そうすれば今夜中にも釈放する」とスペイン語で言った。またキューバは賃金が低く、国民の平均月収がわずか約20ドルである点について質問されると、キューバでは少なくとも男女の賃金は同じだとして、いまだに男女格差が残るアメリカを皮肉った。
 退任まで残すところ9カ月となったオバマは、今度はキューバが行動を起こす番だと訴えた。「われわれが政府としてできる事は少なくなりつつある」と述べ、もしキューバが禁輸措置の解除など国交正常化の継続を望むなら、人権問題で目に見える進歩を米議会に見せる必要があることを示唆。また、より貿易や投資にも国を開くべきだとほのめかした。
 via http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/03/post-4737.php

・3分で分かるキューバの歴史 アメリカ大統領が88年ぶり訪問へ
 http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/18/cuba-88years_n_9268648.html

・イチから分かるキューバ なぜ米国と国交が途絶えた?
 http://thepage.jp/detail/20150417-00000007-wordleaf
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