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リー・クアンユー氏が死去、91歳 シンガポール建国の父 はてなブックマーク - リー・クアンユー氏が死去、91歳 シンガポール建国の父

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シンガポールの首相を30年以上にわたって務め、同国建国の父と呼ばれたリー・クアンユー元首相が23日未明に死去した。91歳だった。
首相府が声明を発表した。同国の首相は現在、リー氏の長男、シェンロン氏が務めている。
リー氏は重い肺炎で2月5日から入院し、6週間以上にわたって人工呼吸器をつけていた。
同氏は1923年生まれ。シンガポールが英連邦の自治州となった59年から首相を務め、65年にマレーシアから独立したシンガポール共和国の初代首相に就任。天然資源のない小国を清潔で安定した国際経済の中心地に育て上げ、「シンガポール建国の父」としてたたえられた。
90年に首相の座を退いたものの、その後もシェンロン氏が首相に就任する2011年まで閣内にとどまるなど、大きな影響力を維持した。
2002年にはCNNとのインタビューで、政界に入るきっかけとなったのはシンガポールが日本軍に占領された時代の経験だと語り、「私はそこで権力の意味を悟った」と述べた。
08年のインタビューでは、自身がたどった道を「第三世界の条件下で、第一世界のオアシスを誕生させることを目指した」と振り返った。同氏が主導したシンガポール式の国家資本主義は、中国の経済改革のモデルとされた。
リー氏は一方で、言論統制や批判勢力への強硬姿勢が批判を呼ぶことも多かった。国際NGO「国境なき記者団」が発表した14年の「報道の自由度ランキング」で、シンガポールはコンゴ共和国やメキシコ、イラクに近い150位と判定されている。
オバマ米大統領は98年、米ホワイトハウスで会談したリー氏を「20~21世紀のアジアの伝説的な偉人の一人」「アジア経済に奇跡をもたらした人物」とたたえた。
リー氏はまた、米誌タイムが10年に発表した「世界で最も影響力のある100人」の1人にも選ばれていた。[2015.03.23]
via http://www.cnn.co.jp/world/35062124.html?ref=rss

◆リー・クアンユー元首相死去=シンガポール建国の父-「世界の貿易港」築く
 30年余りにわたってシンガポール首相を務め、小さな都市国家を東南アジア随一の先進国に育て上げたリー・クアンユー氏が23日未明、入院先の病院で死去した。91歳だった。2月5日に重い肺炎で入院。集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着し、抗生物質の投与を受けていたが、最近になって危篤状態に陥っていた。
 長男のリー・シェンロン首相は23~29日を国の服喪期間にすると発表。遺体は25~28日、国民が哀悼の意をささげられるよう国会議事堂に安置される。国葬は29日午後2時(日本時間同3時)からシンガポール国立大学講堂で営まれる。
 日米欧からの外資導入を推進。マレー半島先端の小島にすぎなかったシンガポールを「世界の貿易港」「アジアの金融センター」に変貌させて繁栄の礎を築き、「シンガポール建国の父」と呼ばれた。
 1923年、当時の英植民地シンガポールで華人(中国系)家庭に生まれた。第2次大戦中、シンガポールを占領した日本軍の報道部に約1年勤務。終戦とともに渡英し、ケンブリッジ大(法学)を首席で卒業した。帰郷後は弁護士として活動。54年に留学経験者の仲間を中核として、後に与党となる人民行動党(PAP)を結党し、書記長に選ばれた。
 英連邦シンガポール自治州の総選挙で59年にPAPが勝利すると、35歳で自治州首相に。63年、シンガポールのマレーシア連邦加入に伴い州政府首相となり、65年8月、マレーシアからの分離・独立で成立したシンガポール共和国の初代首相に就任。90年11月にゴー・チョクトン第1副首相(当時)に首相の座を禅譲するまで、長期間にわたり近代的な都市国家建設と工業化を進めた。[2015.03.23]
via http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2015032300020&m=rss

・リー・クアンユー:Wikipedia

・「彼はシンガポールそのもの」 リー・クアンユー氏が築き上げたモノ
 http://www.huffingtonpost.jp/triport/lee-kuan-yew_b_6997636.html
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