FC2ブログ

気になりィーモ!!

気になった記事や事柄を 自分のノート代わりとする場に していけたらと思ってます。

≫ EDIT

[リオオリンピック] 吉田沙保里、五輪4連覇ならず…決勝で24歳米国選手に敗れる=レスリング女子53キロ級 はてなブックマーク - [リオオリンピック] 吉田沙保里、五輪4連覇ならず…決勝で24歳米国選手に敗れる=レスリング女子53キロ級

sub-buzz-13213-1471562650-1

WS005 CqLD9NMWAAA9AsX
 レスリング女子53キロ級決勝が行われ、五輪4連覇を目指した吉田沙保里(33=フリー)はヘレン・マルーリス(24=米国)に敗れた。17日の伊調馨(32=ALSOK)に続く五輪個人種目4連覇達成はならなかった。
 吉田は2回戦から登場すると、まずはアゼルバイジャン選手を4―0で退けた。続く3回戦はセネガル選手に対して序盤からポイントを重ね、9―0で圧勝。準決勝もベネズエラ選手に6―0と3戦連続完封勝利でファイナルに進んだが、運命の決勝では第1ピリオドで1ポイント先取したが、第2ピリオドで4ポイントを失い、逆転で屈した。吉田は「たくさんの人に応援してもらったのに銀で終わってしまって申し訳ない」と号泣。何度も「申し訳ない」を繰り返した。
 調整面では過去3度の五輪と違う部分があった。昨年12月の全日本選手権以降は試合に出場しておらず、約8カ月ぶりの実戦。前回、前々回と国別対抗戦のW杯で1度ずつ敗れて五輪本番を迎えていたが、今年はW杯が開催されなかったことで、ぶっつけ本番を選んだ。
 ここまで五輪と世界選手権を合わせて16大会連続制覇中だったが、3歳のころから指導を受け、2年前に亡くなった父・栄勝さん不在で臨む五輪は初めて。最後の五輪と位置づけ「4連覇は父との約束。絶対に達成しなければいけない」と意気込んだが、最後の金メダルをつかむことはできなかった。 [2016.0819]
via http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/18/kiji/K20160818013196050.html

リオデジャネイロオリンピックは18日、レスリングの女子53キロ級が行われ、吉田沙保里選手が銀メダルを獲得しました。吉田選手は決勝でオリンピックでは初めて敗れ、目標としていた4連覇はなりませんでした。
吉田選手は、初戦の1回戦でアゼルバイジャンの選手に勝つと、準々決勝と準決勝でも相手に1ポイントも奪われない危なげない試合運びで勝ち進みました。
決勝では、去年の世界選手権、55キロ級を制したアメリカのヘレンルイーズ・マルーリス選手と対戦し、吉田選手は序盤、1ポイントを奪い、リードして第1ピリオドを折り返しました。
しかし、第2ピリオドの開始直後に一瞬の隙を突かれて後ろに回り込まれ、2ポイントを失い逆転を許しました。さらに残り1分のところで2ポイントを奪われ、1対4で敗れました。
銀メダルを獲得した吉田選手は、オリンピックに出場4回目で初めての敗戦となり、目標としていた4連覇はなりませんでした。また、2001年から続いていた個人戦の連勝記録も206で途切れました。
吉田選手は、「日本選手団の主将として金メダルを取らなくてはいけなかった。多くの声援が聞こえていて、最後は勝てるだろうと思っていたが、自分の力を出し切れなかった」と涙を流しながら話していました。
吉田沙保里選手は三重県出身の33歳。4大会連続のオリンピック代表です。父親の栄勝さんが開いていた自宅の道場で3歳からレスリングを始めました。
離れた位置から飛び込む「高速タックル」を武器として、オリンピックでは女子が正式種目に採用された2004年のアテネ大会から前回のロンドン大会まで55キロ級を3連覇。世界選手権は2002年に初優勝して以来、去年まで13連覇を果たしています。世界選手権とオリンピックを合わせての16連覇は、ロシアのアレクサンドル・カレリン選手が男子グレコローマンスタイルで達成した12連覇を上回りレスリング史上最多の記録です。
こうした功績を評価され、2012年には国民栄誉賞が授与されました。ロンドンオリンピック前の2012年5月に東京で開かれた団体戦のワールドカップ決勝でロシアの選手に敗れたのが最後の敗戦で、個人戦で外国選手に負けたことはこれまでありませんでした。
個人戦では2001年12月の全日本選手権で山本聖子選手に敗れたのが最後で、およそ15年、負けがなく、リオデジャネイロ大会前まで203連勝を続けています。
前回のロンドン大会のあと階級の変更が行われたため、オリンピック4連覇がかかる今大会は53キロ級での出場となりました。世界の選手たちが「高速タックル」を徹底的に研究して「吉田包囲網」を張り、年齢も33歳になって全盛期のスピードを維持するのが難しくなる中で、タックルに入る前の動きや組み合ってからタックルに入る動きを磨くなどの対策を進めてきました。そして、去年12月の全日本選手権以降は試合に出場せずに、いわば「ぶっつけ本番」で4回目のオリンピックに臨んでいました。

■マルーリス選手「吉田選手を見本に練習」
吉田選手を破って金メダルを獲得したアメリカの24歳、ヘレンルイーズ・マルーリス選手はNHKのインタビューに対し、「吉田選手は自分がレスリングを始めたときから活躍していた最高のレスラーで、ものすごく尊敬しているし、彼女を見本に練習してきた。この2年間、新しいコーチとともに吉田選手対策をしてきた。コーチや家族、助けてくれたみんなに感謝したい」と興奮さめやらぬ様子で話していました。

■母の幸代さん「立派な銀メダルで娘を誇りに思う」
吉田沙保里選手の母の幸代さんは、会場の観客席の最前列でおととし亡くなった父の栄勝さんの遺影を持った家族とともに声援を送り続けました。
幸代さんは試合後「去年の世界選手権のあたりから体力的には衰えがきているかなと親なりに感じていました。決勝では監督のほうを見て『どうしよう』というような顔をしていて、ちょっと勝つのは難しいかなと思いました。負ける時は絶対に来ます。立派な銀メダルで娘を誇りに思います。亡くなった夫も『よく頑張った』と言っていると思います」と最後まで全力で戦った娘をねぎらっていました。

■吉田選手の兄「精いっぱい頑張った」
吉田沙保里選手の出身地、三重県の津市では、兄や地元の人たちが観戦し、健闘をたたえました。
吉田選手の出身地、津市一志町のホールには、兄の吉田勝幸さんや地元の人たち、およそ600人が集まり、声援を送りました。オリンピック4連覇はなりませんでしたが、集まった人たちは風船のスティックをたたいて健闘をたたえ、涙を流す人の姿も見られました。
兄の吉田勝幸さんは「負けてしまったが、精いっぱい頑張ったと思う。相手のディフェンスがうまかった」と話していました。
吉田選手が育ったレスリング教室に通う女子高校生は「銀メダルは残念だけれども、日本選手団の代表としても頑張ったと思う。胸を張って帰ってきてもらいたいです」と話していました。

■出身大学では健闘をたたえる声
吉田沙保里選手が卒業した愛知県の至学館大学では、試合を見守った人たちから健闘をたたえる声が聞かれました。
愛知県大府市の至学館大学は、吉田選手が練習を積んだレスリングの強豪校です。19日は学生や市民などおよそ400人が大型のスクリーンで試合を見守り、大きな声援を送りました。
決勝で敗れオリンピック4連覇を逃すと、会場は静まりかえり涙を流して残念がる人の姿も見られましたが、集まった人からは健闘をたたえる声が聞かれました。
大学1年生の男子学生は「残念でしたが、いい試合だったと思います。吉田選手には『今まで勇気をくれてありがとう』と言いたい」と話していました。
また、吉田選手のヘアスタイルを担当している女性美容師は「よく頑張ったと思います。とにかくお疲れさまでしたと伝えたい」と話していました。
via http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160819/k10010642151000.html

・吉田沙保里、4連覇ならずも亡き父に感謝「ここまで私を育ててくれてありがとう」
http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/18/saori-yoshida_n_11594850.html

・4連覇逃し銀メダル‥吉田沙保里まさかの決勝戦敗退に衝撃が走っている
http://matome.naver.jp/odai/2147153324509089001

・ハイライト
http://sports.nhk.or.jp/video/element/video=30146.html
http://www.gorin.jp/video/5089176580001.html

・吉田 あまりに多くの重圧と使命を背負い

WS001
 吉田の頭上に敗戦のブザーがなった。目指してきた五輪4連覇は達成できず、マットに突っ伏した背中が震えていた。消耗が余儀なくされる世界を33歳で戦うには、あまりにも多くの重圧と使命を背負いすぎた。
 初戦から動きは硬かった。昨年の世界選手権55キロ級を制した米国の24歳のマルーリスとの決勝はパワーで押された。タックルで反撃を試みたが、スタミナがわずかに足りなかった。
 この4年、吉田の周辺は常に騒がしかった。ロンドン五輪翌年の2013年。レスリングが五輪競技から除外される危機を迎えると、存続活動の「顔」としてロシアに出向いた。20年東京五輪招致のアンバサダー(大使)としても駆り出された。練習時間を十分に確保できずに国内大会を迎え、若手に大苦戦したこともあった。
 吉田は朗らかな性格が重宝され、自身も女子レスリングの人気向上のためにと積極的にメディアに登場して、ドラマ出演もCDデビューもした。15年末限りで10年間所属したALSOK(綜合警備保障)を退社後、活動の範囲は広がり、リオ五輪も直前までイベントへの参加が続いていた。
 年齢とともに、ぜんそくや故障なども抱えるようになったが、マットに立つと、女子代表の最年長として常に先頭を走った。後輩たちの力を引き上げる役割も担った。先月には成り手のなかったリオ五輪の日本選手団の主将も引き受けた。
 3歳の時から指導を受けた父栄勝さんが14年3月に61歳でくも膜下出血で死去し、最大の理解者を失ったことも響いた。偉業を前に「打倒・吉田」で世界中の新鋭が追いかけてくる中、もっと身軽にマットに立てていれば結果は変わったかもしれない。「選手団主将として役目を果たせず、悔しい」。吉田の声は震えていた。
 via http://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20160819/k00/00e/050/274000c

・吉田、勝って終われず涙=守れなかった父の教え
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081900655&g=spo&m=rss

・メダルラッシュ!吉田沙保里さんのリオ五輪は自分の銀1つ、自分が蒔いた種が獲った金4つを得る実りの時だった件。
http://blog.livedoor.jp/vitaminw/archives/53192194.html

WS003 WS004
・まじでスゲェ。五輪で見えた「吉田沙保里」の偉大さ
http://matome.naver.jp/odai/2147157179225174301

・【リオ五輪】「サオリはヒーロー」憧れだった吉田沙保里を破ったマルーリス ライバル山本聖子の教え子だった

WS002

CqLZ1XcUEAEbyST
 リオ五輪女子レスリング53kg級決勝が18日(日本時間19日)に行われ、アメリカのヘレン・マルーリス(24)が日本の吉田沙保里(33)を破り、アメリカの女子レスリングに初の金メダルをもたらした。
 「2年間、吉田に勝つために練習してきた。マルーリスのトレーニングはすべて吉田対策だ」
マルーリスのコーチであるバレンティン・カリカは事前のワシントンポストの取材にそう語っていた。
迎えた吉田との決勝戦。マルーリスは吉田を研究した成果を見せる。
頭をつけてるような低い姿勢で手をしっかり組み続け、吉田が得意とするタックルをさせない。
1ポイントリードされての第2ピリオド開始直後、一瞬の隙をついてバックを取り逆転し、試合残り1分のところで場外に出し4-1とリード。その後も吉田の攻撃を防ぎ続けた。
試合終了のブザーが鳴ると、涙を流しながらコーチと抱き合った。
五輪初出場のマルーリスが、生ける伝説の4連覇の夢を砕いた。吉田の個人戦連勝記録は206で止まった。
 マルーリスにとってはリオ五輪はロンドン五輪の雪辱の場所でもあった。
代表をかけた試合で敗れたマルーリスはトレーニングパートナーとしてロンドンにいた。
代表コーチから要請があった時、やりたくないという気持ちもあったが、自国のレスリングチームのために受け入れた。
そして次は自分がと思った。リオへの第一歩は、ロンドンから始まった。
2015年の世界選手権では五輪では行われない55kg級で優勝。減量をしてリオ五輪53kg級の代表の座をつかんだ。
 レスリングを始めたのは7歳。周りに練習相手のいない兄のパートナーとなったのがきっかけだった。
両親はレスリングを辞めさせようとしたが、12歳の時に女子レスリングがアテネ五輪で正式採用され、続けることができた。
アテネ大会で金メダルを獲得したのは吉田だった。この日マルーリスに敗れるまで、五輪では一度も負けていなかった。
またメジャーリーガーのダルビッシュ有はTwitterで、マルーリスはパートナーの山本聖子がアメリカ女子代表のコーチを務めていた時代の教え子だと明かしている。
山本は吉田のライバル。吉田にとってはこの日マルーリスに敗れるまで、2001年12月全日本選手権での山本との試合が、個人戦では最後の敗戦だった。
一方、山本は2004年の代表選考を兼ねたジャパンクイーンズカップでは吉田に敗れ、五輪出場の夢を断たれている。
 吉田に憧れ、目標に成長してきたのは金メダルを獲った登坂絵莉、土性沙羅、川井梨紗子だけではなかった。
「長年、サオリとレスリングすることを夢見てました。彼女はヒーロー。このスポーツで最も栄冠を手にしたレスラーで、レスリングできて光栄でした」
こうUSA TODAYの取材に語ったマルーリス。彼女にとっても吉田は憧れだった。
一方、吉田は試合直後、泣きながら敗因を語った。
「自分の気持ちが…。最後は勝てるだろうと思っていたのですが、取り返しのつかないことになってしまった」
自分を破ろうと対策を練る相手はもちろん、金メダルを獲らなければという重圧と戦っていた。
 吉田はリオを最後の五輪として位置付けていた。マルーリスは吉田を目標とし、アメリカに女子レスリング初めての金をもたらした。
金メダリストと銀メダリストの残酷なまでの対比が、新たな時代の訪れを告げていた。
via https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/yoshidamaroulis?utm_term=.ctMNk00bq#.cwBld22Wg

・吉田沙保里を破ったヘレン・マルーリス選手の想いとは…
http://motiv.top/essay/helenmaroulis/
・吉田沙保里とヘレン・マルーリス 約3年前に2ショット写真を撮っていた
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/instayoshida?utm_term=.caPaZmmAD#.oybDKooqg
関連記事
スポンサーサイト



ブログパーツ アクセスランキング

| スポーツ | 06:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |