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[イラク戦争] チルコット・レポート:調査委がイラク参戦を検証・・・ブレア元英首相の責任問う声も  はてなブックマーク - [イラク戦争] チルコット・レポート:調査委がイラク参戦を検証・・・ブレア元英首相の責任問う声も 

英国がイラク戦争に参戦した経緯などを検証していた調査委員会は6日、調査結果をまとめた報告書を発表し、イラク戦争は誤った情報を根拠とし、外交努力が尽くされないまま始まったと断定した。
英国内では、当時の首相だったトニー・ブレア氏に対し、イラク戦争参戦の法的責任を問うべきだとする声が強まっている。報告書が発表されたロンドンのオフィスビルの前では、2003年のイラク戦争に抗議していた反戦団体がデモを展開し、ブレア氏に対する法的措置を訴えた。
イラクの首都バグダッド市内で市民に取材したCNN記者は、「国民は現在のイラクについて、フセイン政権時代に比べてたいして良くなったとは感じていない」と伝え、「失敗に終わった(軍事)作戦についてブレア氏とジョージ・ブッシュ(米前大統領)を裁判にかけるべきだと多くの人が感じている」とした。
ただ、フセイン政権下で迫害を受けていたとされるイラクのクルド人の中には、ブレア元首相とブッシュ前大統領を強く支持する人もいるという。
トニー・ブレア氏は発表を受けて同日記者会見し、イラク進攻を決断した全責任は自分にあると言明、「悲しみと遺憾、謝罪を表明する」と述べてイラク戦争の失敗と過ちを認めた。[2016.07.07]
via http://www.cnn.co.jp/world/35085511.html?ref=rss

・英イラク調査委、ブレア政権のイラク参戦は不当と
英国のイラク戦争参戦とその後の経緯を調べる独立調査委員会(チルコット委員会)は6日、当時のブレア政権(労働党)がイラクのサダム・フセイン大統領の脅威を過剰に表現し、準備不足の英軍部隊を戦地に送り出し、戦後の計画は「まったく不十分だった」という見解を発表した。委員長のサー・ジョン・チルコットが記者会見で明らかにした。

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独立調査委による7年間の調査にもとづく報告書を発表したチルコット委員長は、2003年3月の時点ではフセイン大統領からの「切迫した脅威」はなく、国連安全保障理事会の大多数が支持していた封じ込め政策の継続は可能だったと指摘。政府が得ていた機密情報は武力行使の正当な根拠となるには不十分で、外交手段を尽くしてもいなかったと批判した。
「イラクの大量破壊兵器は深刻な脅威だと言われたが、そこまで確信的に断言するにふさわしい正当な根拠はなかった。明確に警告されていたにもかかわらず、侵略がもたらす悪影響は過小評価された」とチルコット委員長は述べた。
発表後に記者会見したトニー・ブレア元英首相は、不正確な情報に基づく準備不足や作戦遂行の不手際について謝罪したが、参戦の判断については「間違っていたとは思わない」と謝罪しなかった。
2003年3月に始まったイラク戦争では、戦争そのものは約6週間で終わり、25年続いたサダム・フセイン政権は崩壊したが、これを機に激しい宗派間対立が勃発した。
英軍関係者および英国人179人が死亡し、介入を主導した米国は軍関係者4487人を失った。一方でイラク人の死者数は、9万人から60万人以上とも言われている。

■能力の過大評価、判断ミス、準備不足
元公務員のチルコット委員長が率いるイラク調査委員会は、イラク戦争は「ひどい展開」になった海外介入で、その影響は現在に至って世界情勢に響いていると指摘した。
12巻260万語におよぶ報告書は、ブレア元首相や当時の閣僚たちが国際法に違反したかどうかには言及していない。しかし外交と軍事の政策決定に重大なミスが続いたと列挙している。その一部は次の通り――。
・英軍司令官たちは自軍の能力を「過大評価」したため、「判断ミス」につながった
・イラク派遣のため3旅団の準備を十分に整えるための「時間が不足」していた。閣僚に対して派兵リスクを「適切に特定し、十分に開陳」することもなく、このため「装備不足」の事態になった。
・誤った情報分析をもとにイラク侵攻が決定したが、政府内でその内容が問いただされることはなかった。
・ブレア氏は、イラクについて自分は米政府の判断を左右できると自らの影響力を過大評価していた。英米関係は、英国が米国を無条件に支えることが前提だと思い込んでいた。

■元首相は時に揺れる声で
チルコット報告書の発表を受けて記者会見したブレア元首相は、時に感情で声を揺らしながら、イラクに英軍部隊を投入するという判断は「首相としての10年間で最も困難で重大な判断だった」と述べ、その決定の重みは「今後終生、抱え続けるものだ」と付け足した。
約2時間に及ぶ記者会見で元首相は、「この国の軍だろうが外国の軍だろうがイラクの人たちだろうが、イラクで愛する人を失った人たちの悲しみと無念は、とても言葉にできないほど深く痛切に感じている」と述べ、「開戦当時の情報分析は、結果的に誤っていた。戦後の状況は、予想をはるかに超えて敵対状況が激しく、流血にまみれて、長く続いた。(略)我々はイラクの人たちをサダムの悪政から解放したかったのだが、その国は代わりに宗派対立によるテロリズムに苦しむようになってしまった」と認めた。
「こうしたことのすべてについて私は、皆さんが決して味わうことも信じることもない、とてつもない悲しみと無念と謝罪の気持ちを表したい」と元首相は述べた。
その一方でブレア氏は、2003年3月にイラク戦争に参加すると決めた判断そのものについては、誤りではなかったと繰り返した。
「嘘は何もなかった。下院と内閣をミスリードしてもいない。秘密裏に開戦の約束を交わしたわけでもない。機密情報の改ざんはなかったし、誠実に判断を下した」と元首相は述べ、イラク戦争で死傷した人たちの犠牲は「無駄だったなどいう意見には決して同意しない」と強調。犠牲者は「世界各地で命を奪い、地域社会を分断するテロリズムと暴力に対抗するための、21世紀を形作る世界的な戦い」に貢献したのだと述べた。
フセイン政権の大量破壊兵器をめぐる情報は確かに「結果的に間違っていた」と認め、確かに戦争によってイラクは不安定化したと認めつつも、介入しないと判断したシリアの現状と比較して、首相は「サダム・フセインがいなくなった」現在の状態の方が、何もしなかったよりははるかにましだと確信していると強調。
では何について謝罪しているのかと繰り返し質問されたブレア氏は、「命を失った人たちに追悼の意を表し、誤りについて遺憾と謝罪の意を示すことと、判断そのものは正しかったと今でも確信していると言うことに、何の矛盾もない。そこには何の矛盾もない」と述べた。

■今の労働党党首は謝罪
報告書の発表を下院に報告したキャメロン首相は、「未来に向けて教訓を学ぶ」ことの重要性を強調。政府内手続きや法律顧問の助言の取り扱い方の刷新などが必要だと述べた。キャメロン氏は2003年当時、保守党議員として武力行使に賛成票を投じている。
キャメロン首相は議会で、「適切な装備もなく勇敢な兵士たちを戦地に送り込んだことは、容認しがたい。この紛争からは様々なことを学ぶが、特にこんなことが二度とあってはならないと、われわれ全員が誓う必要がある」と、軍事作戦遂行にあたっての手続きの改善を約束した。
これに対して、2003年に労働党議員として参戦に反対票を入れたジェレミー・コービン労働党党首は下院を前に、チルコット報告書はイラク戦争が「誤った前提をもとに行われた軍事侵略行為だった」ことを証明していると非難。「圧倒的な国際世論はかねてから(イラク戦争を)違法だとみなしてきた」と指摘した。
死亡した英国兵たちの遺族と下院演説後に対面したコービン氏は、「自分の党を代表して、戦争に参加するという惨たんたる決定を、心よりお詫びします」と謝罪した。
コービン党首は「軍事侵略の罪を負うべき人々を訴追する権限」を国際刑事裁判所に与えるよう、英国政府も協力すべきだと促した。
2003年から2009年にかけてイラクで死亡した英国人179人の一部遺族は代理人を通じて、自分たちの愛する家族は「死ぬ必要がなかったのに、正当な意義も目的もないまま」死んだと声明を発表。「もし司法手続きが可能ならば」、チルコット報告書が指摘する失態に責任を負うべき人々には「法廷で弁明してもらいたい」と、提訴も視野に入れていることを示唆した。

■ブッシュ前米大統領のコメント
ジョージ・W・ブッシュ前米大統領の広報担当フレディー・フォード氏はBBCニュースに対して、「ブッシュ大統領は本日、自宅の牧場で負傷兵たちを歓待しており、まだチルコット報告書を読むことができずにいる」と断った上で、「不正確な情報やその他の過ちはこれまでも認めてきた。その上でブッシュ大統領は今なお、サダム・フセインが権力を握っていない今の状態の方が、全世界にとって良いことだと信じている」と述べた。
「(ブッシュ氏は)対テロ戦争を戦う米軍と連合各国の軍の奉仕と犠牲に深く感謝している。トニー・ブレア首相率いる英国ほど、強力な同盟国はほかになかった」
「ブッシュ大統領は、それがどこだろうと過激主義と戦い続けて打倒するため、我々が今も団結して決意を強くしなくてはならないと信じている」

■遺族は「無駄死に」と
チルコット委員長は、今回発表する報告書を通じて、イラク戦争で家族を失った人たちの疑問がいくらかでも解消されることを期待すると話した。
一方で、トム・キーズさんを21歳の誕生日の4日前にイラクで失った父親のレジさんは記者会見で、自分の息子は「無駄死にした」と述べた。
2006年にパトロール中に撃たれて死亡したリー・ソーントン砲撃兵の母キャレンさんは、BBCラジオに対して、ブレア氏が嘘をついたと証明されるなら戦争犯罪で訴追してほしいと述べた。「嘘をついた人たちは責任を問われるべきだ。あまりに大勢の命を奪った責任がある」。
via http://www.bbc.com/japanese/36732246

・英国のイラク戦争に関する独立委員会の報告
 http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/5072023.html

・Iraq War:反省できる国とできない国
 http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2016/07/iraq-war-f707.html#more

・【世界終了のレベル】公開された「英・イラク戦争調査文書」の裏側が本当にヤバい! 第三次世界大戦へ一直線か!?
 http://tocana.jp/2016/07/post_10285_entry.html

・小泉氏のイラク戦争支持「妥当」 安倍政権、英と一線画す
 安倍政権はイラク戦争に関し、米英の武力行使を支持した当時の小泉純一郎首相の判断を「妥当」とする立場を今後も維持する。小泉氏の判断を事実上追認した2012年の外務省報告も見直さない考えだ。独立調査委員会が6日の報告で参戦を失敗と総括した英国の対応と一線を画すことになる。
 政府筋は7日、小泉氏の支持表明を妥当とする日本政府の立場に関し「現時点でも変更する必要はない」と強調した。理由について「イラクは当時、大量破壊兵器を保有していない事実を証明しようとせず、査察受け入れを求める国連安全保障理事会決議にも違反した」と説明した。
via http://this.kiji.is/123718174016423414

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ユダヤ人6000人の命を救った日本のシンドラー「杉原千畝」を改めて知る はてなブックマーク - ユダヤ人6000人の命を救った日本のシンドラー「杉原千畝」を改めて知る

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 シリア難民の問題が深刻化している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2015年の難民の数が6000万人で過去最多となった。移民の受け入れを表明しているドイツの他にEU諸国も徐々に支援を広げている。遠い国のことだからと日本も他人事ではいられない。私たちにもなにかできることはないのだろうか。
 そんな難民問題を考えるきっかけにして欲しいのが、『杉原千畝』(大石直紀/小学館)だ。現在公開中の唐沢寿明主演の映画『杉原千畝』の公式ノベライズである。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人約6000人の命を救った外交官・杉原千畝の物語だ。今回の映画化で初めて杉原千畝という人物を知った人も少なくないだろう。しかし、ユダヤの人々からはいまも深い感謝と尊敬を集めている。杉原千畝は、どうして難民を救おうとしたのだろうか。

■苦学生から外交官へ
 まずは杉原千畝について知ってもらいたい。千畝は、1900年1月1日に岐阜で生まれる。幼くして秀才ぶりを発揮し、尋常小学校卒業時の成績は全甲(オール5)だったという。父親からは医者になるように命じられたが、英語教師を志していた千畝は家出して早稲田大学の英語科に入学する。外務省の留学生制度を利用して、満州にあるハルビン学院でロシア語を学ぶ。ここでも優秀な成績を残した千畝は、外務省書記官として働き始める。

■世界を変えた「命のビザ」
 日本に帰国した千畝は、友人の紹介で妻・幸子と結婚する。子供も生まれ、平穏な日々が続いたが、やがて外務省から新たな辞令が下る。そして1939年8月28日、運命の地となるリトアニアの首都カナウスの領事館へ赴任する。その頃、ポーランドがドイツとソ連に分割占領され、ユダヤ人たちはナチスの迫害から逃れるため、入国ビザの不要になったポーランドを経由して、隣国リトアニアへと大移動を開始していた。
 難民たちはビザを求めて各国の大使館、領事館を巡り歩いた。しかしほとんどの国は取り合わなかった。千畝は、領事館の柵の向こうで悄然と立ち尽くす難民の姿に胸を痛めていた。ドイツ軍に捕まったユダヤ人が虐殺を受けるのを知っていたからだ。千畝は、満州で中国人や朝鮮人が関東軍に差別や虐待されていた光景を思い出す。日増しに難民たちを助けたいという思いがこみ上がる。しかし外務省の許可がなければビザの発給はできない。千畝は現実と理想の狭間で苦悩する。
 その時、難民たちを助けるように千畝の背中を押したのは妻・幸子だった。家族の理解を得て千畝は決断した。1940年7月29日、千畝は日本政府に無断で難民たちにビザを発給し始める。噂を聞いて日本領事館の前にはビザを求める難民たちの列が100人、200人と続いた。千畝は昼夜を問わず、寝る間も惜しんでビザを書き続けた。やがて手が痺れ、腕に激痛が走るようになった。日本政府からはビザを発給しないようにとの命令も下った。それでも押し寄せる難民たちを見捨てられなかった。千畝のビザは彼らの命そのものだったからだ。
 そんな日々が1ヶ月間も続き、ついにソ連軍から強制退去命令が下る。9月5日、リトアニアから去る日が来ても、千畝は駅のプラットホームでビザを書き続けた。列車が発車する時刻になると、集まった難民たちが千畝に手を振って別れを惜しんだ。千畝の胸にあったのは、自分がもっと早くに決断していれば、さらに多くの人を救えていたという後悔だった。

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■そして世界が杉原千畝を認めた
 帰国後、外務省から呼び出された千畝は自主退職を促される。事実上の懲戒免職だった。その後、不名誉なバッシングにも晒された千畝は貿易業や学校教師、放送局員などの職を転々とする。そんな千畝の名誉回復に動き出したのは、イスラエルの参事官ジェホシュア・ニシュリだった。ニシェリも千畝からビザを受給され、命を救われた一人だった。国際世論の働きかけもあり、1985年1月18日、千畝はユダヤ人への功績があった者に贈られる最も名誉ある称号「諸国民の中の正義の人」(ヤド・バシェム賞)を受賞する。そして翌年の1986年7月31日、86歳で生涯を閉じた。
 『杉原千畝』は、決して戦争小説や反戦映画ではない。この作品に描かれているのは、隣人への思いやり、家族を愛する心、差別や暴力に立ち向かう正義感、そして世界をより良く変えたいという願い。杉原千畝の生き方であり、人としてのあり方だ。それらは私たちにも当たり前にある善意でもある。
 私たちひとりひとりの小さな善意から世界は変わる。杉原千畝を思うと、そんな優しい気持ちがわいてくる。
 via http://ddnavi.com/news/280828/a/

・杉原千畝:Wikipedia

・杉原千畝記念館:八百津町HP
 
・杉原千畝と「命のビザ」 ~東洋のシンドラーと呼ばれた外交官~:アジア歴史資料センター
 http://www.jacar.go.jp/modernjapan/p14.html

・杉原千畝が救ったユダヤ人女性 「私を思い出して」日本に写真を残す
 http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/20/chiune-sugihara_n_5180745.html
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日韓外相会談 :慰安婦問題で日韓が合意=最終的解決を確認、人道支援へ10億円財団 はてなブックマーク - 日韓外相会談 :慰安婦問題で日韓が合意=最終的解決を確認、人道支援へ10億円財団

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日本と韓国の外相会談がソウルで行われ、慰安婦問題を巡って、日本政府は責任を痛感し、安倍総理大臣が、心からおわびと反省の気持ちを表明するとしたうえで、日韓両政府は韓国政府が設置する財団に日本政府の予算からおよそ10億円の資金を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことで合意しました。また、両政府は、この問題が「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを確認しました。
日本と韓国両政府は、両国の関係改善の大きな障害となってきた慰安婦問題の最終的な妥結を目指し、28日、韓国のソウルで、岸田外務大臣とユン・ビョンセ(尹炳世)外相による日韓外相会談を行いました。
会談のあと、両外相はそろって記者発表を行い、合意事項について発表しました。この中で、岸田外務大臣は「慰安婦問題は、当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」と述べました。そのうえで、岸田大臣は「安倍総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」と述べました。
さらに、岸田大臣は「日本政府の予算により、すべての元慰安婦の方々の心の傷をいやす措置を講じる」としたうえで、韓国政府が設置する財団に日本政府の予算でおよそ10億円の資金を一括して拠出し、「日韓両政府が協力し、元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒しのための事業を行う」ことで合意したことを明らかにしました。
そして、岸田大臣は、両政府間でこうした事業を着実に実施するという前提で、この問題が「最終的かつ不可逆的に」解決されたと確認したことを明らかにしました。また、日本政府として、韓国政府とともに、国連など国際社会で慰安婦問題を巡って互いに非難・批判することを控える考えを示し、今回の合意について、「日韓首脳の指示に基づいて行った協議の結果であり、これをもって、日韓関係が新時代に入ることを確信している」と述べました。
一方、ユン外相は、元慰安婦への支援事業が着実に実施されることを前提に、日本政府とともに、「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と述べたうえで、日本政府の実施する措置に協力する考えを示しました。
また、ユン外相は、ソウルの日本大使館の前に設置された、慰安婦を象徴する少女像に関して、「日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」と述べました。そして、ユン外相も、岸田外務大臣と同様に、韓国政府として日本政府とともに、今後、国連など国際社会において、この問題について互いに非難・批判することを控える考えを示しました。[2015.12.28]
via http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151228/k10010355451000.html

jiji.com

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WS001

◆日韓共同記者発表全文
 尹氏 本日、私は岸田外相と会談を開き、日本軍慰安婦被害者問題をはじめとする両国間の懸案および関心事について深みのある協議を持った。
 年末のお忙しい日程であるにもかかわらず、岸田外相におかれては、本日この会談のために訪韓してくださり感謝申し上げたい。皆さまもご承知の通り、韓国政府は韓日国交正常化50周年を迎え、両国間において核心的な過去の歴史懸案である日本軍慰安婦被害者問題の早急な解決のために積極的に努力してきた。
 特に11月2日の韓日首脳会談では、朴槿恵大統領と安倍晋三首相において、今年が韓日国交正常化50周年といった転換点に当たる年という点を念頭に置いて、なるべく早期に慰安婦被害者問題を妥結するための協議を加速化しようという政治的決断を下し、それ以降、局長レベル協議を中心として、この問題に対する両国間の協議を加速化してきた。
 昨日行った12回目の局長レベル協議を含め、これまでの両国間の多様なチャンネルを通じた協議の結果を土台に、本日、岸田外相と全力を尽くして協議した結果、両国が受け入れ得る内容の合意に達することができた。本日、この場でその結果を皆さまに発表する。
 まず日本政府を代表して、岸田外相から、本日の合意事項についての日本の立場をお話しいただき、その次に、韓国政府の立場について私が話す。

 岸田氏 まず、日韓国交正常化50周年の年の年末にソウルを訪問させていただき、尹外相との間で大変重要な日韓外相会談を開催できたことをうれしく思っている。
 日韓間の慰安婦問題については、これまで両国局長協議等において集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき、日本政府として以下を申し述べる。

 一、慰安婦問題は当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。安倍首相は日本国首相として、改めて慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。

 二、日本政府はこれまでも本問題に真摯(しんし)に取り組んできたところ、その経験に立って、今般日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には、韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

 三、日本政府は以上を表明するとともに、以上申し上げた措置を着実に実施するとの前提で、今回の発表によりこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。併せて、日本政府は韓国政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難、批判することを控える。

 なお、先ほど申し上げた予算措置については、規模としておおむね10億円程度となった。以上のことについては、日韓両首脳の指示に基づいて行ってきた協議の結果であり、これをもって日韓関係が新時代に入ることを確信している。

 尹氏 次は、本日の合意事項に対して韓国政府の立場について私より発表する。
 日本軍慰安婦被害者問題に対しては、これまで両国局長級協議などを通じて集中的に協議してきた。その結果に基づき、韓国政府として以下を表明する。

 一、韓国政府は日本政府の表明とこのたびの発表に至るまでの取り組みを評価し、日本政府が先に表明した措置を着実に実施されるとの前提で、このたびの発表を通じて、日本政府と共にこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は日本政府が実施する措置に協力する。

 二、韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、空間の安寧、威厳の維持といった観点から懸念しているという点を認知し、韓国政府としても可能な対応方法に対し、関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する。

 三、韓国政府はこのたびの日本政府が表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に今後、国連など国際社会において本問題に対する相互非難、批判を自制する。

 以上をもって韓国政府の立場について申し上げた。
 韓日国交正常化50周年である今年が過ぎ去る前に、岸田外相と共にこれまで至難であった交渉にピリオドを打ち、本日この場で交渉の妥結宣言ができることを大変うれしく思う。
 今後、このたびの合意のフォローアップが着実に履行され、厳しい忍耐の歳月を耐えてこられた日本軍慰安婦被害者の方々の名誉と尊厳が回復され、心の傷が癒やされることを心より祈念する。
 同時に、韓日両国間で最も困難で厳しい過去の歴史、懸案であった日本軍慰安婦被害者問題交渉が仕上げられることをきっかけとして、新年において韓日両国が新しい心でもって新しい韓日関係を切り開いていけることを衷心より期待する。
 via http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015122800563&m=rss


・「子孫に謝罪させぬ」=日韓新時代の契機に-安倍首相
 安倍晋三首相は28日午後、日韓両政府が従軍慰安婦問題の最終的解決を確認したことについて、「私たちの子や孫の世代に、謝罪し続ける宿命を負わせるわけにはいかない。その決意を実行に移すための合意だ」と述べ、日本の将来世代に責任を残さないための日韓合意だとの考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 首相は「最終的、不可逆的な解決を(戦後)70年目の節目にすることができた」と合意の意義を強調。今後の日韓関係に関しては、「両国が力を合わせて、新しい時代を切り開いていくきっかけにしたい」と述べ、本格的な関係改善に取り組む意向を表明した。
 via http://www.jiji.com/jc/zc?k=201512/2015122800595&g=pol


・日韓外相、質問なしで合意発表…文書作成見送り
 岸田外相と尹炳世ユンビョンセ外相は28日の会談後、慰安婦問題の合意を並んで表明したが、会談の正式な合意文書はなく、記者からの質問も受け付けない異例の形式となった。
 日韓外交筋によると、合意文書の作成は、韓国国内の世論の動向を懸念する韓国側の要請で最終的に見送られた。これにより、外相2人の発言で会談の成果を確認することとなり、両外相とも手元の紙を時折見つつ、一言一句、慎重に発言していた。
 外相会談が行われた韓国外交省前では、盾を持った警察官が、日本の植民地支配について謝罪や賠償を訴える市民団体約20人を取り囲み、ものものしい雰囲気となった。
 via http://www.yomiuri.co.jp/politics/20151228-OYT1T50123.html

・慰安婦問題の「最終的な解決」がなぜ可能だったのか
 http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1919156.html
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「明治日本の産業革命」世界遺産登録決定−軍艦島など8県23施設 はてなブックマーク - 「明治日本の産業革命」世界遺産登録決定−軍艦島など8県23施設

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ドイツのボンで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は5日、日本が推薦した「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界文化遺産登録を決定した。軍艦島や八幡製鉄所など、幕末から明治にかけ重工業の近代化を成し遂げた日本の歩みを示す資産の歴史的価値が認められた。
 国内からの登録は一昨年の富士山、昨年の富岡製糸場に続き3年連続。日本の世界文化遺産は15件目、自然遺産を含めると19件目となる。
 ユネスコ諮問機関は5月、「わずか50年余りで急速な産業化を達成した。非西洋地域に初めて産業化の波及が成功したことを示す」と高く評価し、登録するよう勧告した。
 しかし、委員国の韓国が「施設の一部で戦時中に朝鮮半島出身者の強制徴用があった」と主張。日韓両国の協議で、日本が太平洋戦争中を含む歴史全体を説明することなどで合意した。
 佐藤地ユネスコ代表部大使は、登録決定後の演説で「朝鮮半島の多くの人々が意思に反して連れて来られ、働かされたことへの理解を進める」と述べ、情報センター設置などを進める考えを表明した。韓国政府代表は「日本が誠意をもって履行すると信じる。被害者の苦痛を記憶にとどめ、歴史の傷を癒やす重要な一歩だ」と述べた。
 産業革命遺産は、軍艦島の通称で知られる「端島炭坑」(長崎市)や「三池炭鉱」(福岡県大牟田市など)、国内最古の洋式高炉「橋野鉄鉱山・高炉跡」(岩手県釜石市)、幕末の姿を残す「韮山反射炉」(静岡県伊豆の国市)など8県23施設で構成。「三菱長崎造船所」(長崎市)や「官営八幡製鉄所」(北九州市)など稼働中の資産が国内で初めて登録された。
 産業革命遺産と同時期に文化審議会が推した「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は2016年の登録に向け推薦済みで、同年には東京・上野の国立西洋美術館を含む「仏建築家ル・コルビュジエの建築物群」(フランス推薦)も審議される。[2015/07/06]
via http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2015070600008&j4

◆国内19番目の「明治日本の産業革命遺産」全23資産
6月28日からドイツのボンで開催されている世界遺産委員会で7月5日、審査延期を経て『明治日本の産業革命遺産』が国内19番目となる世界遺産に決定した。8県にまたがる23資産からなる同遺産は、複数の連続性のある遺産「シリアル・ノミネーション」として国内初の事例となる。そこで今回、この23資産はどんなものなのか紹介しよう。
23資産は8県11市(福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県、山口県、静岡県、岩手県)に分散して立地しており、それぞれは主に造船・製鉄・石炭産業といった重工業分野において、西洋から非西洋への産業化に貢献した産業遺跡(一部、稼働中の工場あり)となっている。

■八幡製鐵所(福岡県)・・・現役の工場も
まずは福岡県の資産から。国の威信をかけた官営製鐵所として明治34年(1901)に創業された八幡製鐵所からは、「八幡製鐵所 旧本事務所」「八幡製鐵所 修繕工場」「八幡製鐵所 旧鍛冶工場」(福岡県北九州市)、そして「八幡製鐵所 遠賀川水源地ポンプ室」(福岡県中間市)の4資産が世界遺産に登録された。特に八幡製鐵所 修繕工場は創業から現在までの110年以上の間、現役の工場として稼働しているため、一般の見学は制限されている。

・八幡製鐵所
001

■三池(福岡県・熊本県)・・・近代化を支えた炭鉱遺構
また、日本の近代化を支えた炭鉱遺構の三池炭鉱関連では、「三池炭鉱宮原坑」「三池港」(福岡県大牟田市)、「三池炭鉱万田坑」「三池炭鉱専用鉄道敷跡」(福岡県大牟田市・熊本県荒尾市)、「三角西(旧)港」(熊本県宇城市)の5資産が世界遺産に登録された。中でも、国内最大規模の堅坑の三池炭鉱万田坑は、映画『るろうに剣心』のロケ地としても有名である。

・三池炭鉱宮原坑と三池炭鉱専用鉄道敷跡
002

■三重津海軍所跡(佐賀県)・・・近代造船の礎
日本の近代造船の礎を築いた佐賀県佐賀市の「三重津海軍所跡」も、今回の構成遺産のひとつだ。海軍の人材育成や西洋の船舶技術の拠点として安政5年(1858)に設立された。

・三重津海軍所跡
003

■(長崎県)・・・造船や炭鉱、西洋住宅と多種多様
今回の構成遺産の中で最大となる8つの資産を抱えているのが長崎県だ。全て長崎市内にあり、長崎造船所関連として「長崎造船所 小菅修船場跡」「長崎造船所 第三船渠」「長崎造船所 ジャイアント・カンチレバークレーン」「長崎造船所 旧木型場」「長崎造船所 占勝閣」、炭鉱関連として「高島炭鉱」「端島炭鉱」、日本に西洋美術を伝えたグラバーの拠点として「旧グラバー住宅」が世界遺産に登録された。
特に端島は通称"軍艦島"と呼ばれるところで、映画『進撃の巨人』のロケ地になったこともあり、このところ観光客でにぎわっているという。また、2016年には同じ長崎県の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を世界遺産に推薦しており、その構成遺産である大浦天主堂を今回の旧グラバー住宅とともに合わせてめぐってみるのもいいだろう。

・旧グラバー邸、端島炭鉱(軍艦島)
004 005

■(鹿児島県)・・・資産は桜島と共に
鹿児島県内の資産もまた多種にわたる。全て鹿児島市にあり、巨大プラントの「旧集成館」や日本最古の洋式工場「旧集成館機械工場」、堅牢な石積で築造された「寺山炭窯跡」、機械の動力を支えた「関吉の疎水溝」、英国技師たちが暮らしコロニアルスタイルの宿舎「旧鹿児島紡績所技師館」がある。旧集成館は桜島の目の前にあるので、あわせて風景を楽しんでみるのもいいだろう。

・旧集成館機械工場
006

■萩(山口県)・・・幕末の志士の魅力にも迫る
今度は本州の地から。鉄製大砲や西洋式軍艦の製造を目指し、社会全体の近代を夢見た吉田松陰ゆかりの地として、山口県萩市からは「萩反射炉」「恵美須ヶ鼻造船所跡」「大板山たたら製鉄遺跡」「萩城下町」「松下村塾」が世界遺産に登録されている。萩城下町には高杉晋作旧宅や木戸孝允(桂小五郎)旧宅など、幕末の志士たちの関連史跡が多くあり、その城下町から少し離れたところに吉田松陰の主宰した松下村塾がある。

・松下村塾
007

■韮山反射炉(静岡県)・・・唯一現存する幕末の反射炉
静岡県伊豆の国市にある耐火レンガで覆われた「韮山反射炉」。この反射炉は、実際に稼働した幕末の反射炉として国内で唯一現存するものとなっている。建設にあたっては、西洋の書物をもとにしながらも日本の伝統技術が用いれたとされている。

・韮山反射炉
008

■橋野高炉跡(岩手県)・・・日本の近代製鉄発祥の地より
今回の世界遺産は東北にもわたる。それが、日本の近代製鉄発祥の地である岩手県釜石市の「橋野高炉跡及び関連遺跡」だ。西洋の技術書からの情報を参考にして洋式高炉を建築し、日本で初めて連続出銑に成功した。その流れを受けて、後に八幡製鐵所で近代製鉄が確立されていったという。

・橋野高炉跡
009

via http://news.mynavi.jp/articles/2015/07/05/heritage/


・「世界遺産」登録決定!二転三転の舞台裏に何があったのか?
http://matome.naver.jp/odai/2143614740287341201

・【世界遺産登録】「施設」展示の文言、日韓の火種に? 「強制徴用」めぐる表記、今後の焦点
 ドイツで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で5日、世界文化遺産への登録が決定した「明治日本の産業革命遺産」。審議の場で、日本政府は、韓国側が主張する一部施設での朝鮮半島出身者の「強制徴用」をめぐり、犠牲を記憶するための施設を設ける考えを表明した。具体的な展示の文言が今後の焦点となるが、表現次第では韓国側が再び強硬姿勢を打ち出してくる可能性もあり、くすぶった火種を抱えたままの門出となりそうだ。
 韓国側は、産業革命遺産を構成する官営八幡製鉄所(北九州市)など7施設で、戦時中の昭和19~20年の間に朝鮮半島出身者に対する「強制徴用が行われた」と主張。韓国側が固執する強制性の表現が日韓の交渉難航の原因となった。
 議場では、日本政府代表側は焦点になった歴史的な事実関係について、「自らの意思に反して連れてこられ、厳しい条件で労働を強いられた」と表現した。
 外務省によると、朝鮮半島出身者の徴用問題について、政府見解や公式文書に「強制」の文言が使用されたケースはない。政府関係者は「徴用は国内法に基づき、朝鮮人だけでなく日本人や台湾人など当時の『日本国民』に等しく適用されたからだ」と説明する。
 政府は昭和14年に国民徴用令を制定。当初は朝鮮半島出身者は除外されたが、戦況悪化に伴う労働力不足から19年9月以降は適用された。法令には給与の支払いも明記されていた。
 戦後、一部の徴用工への賃金未払い問題が浮上したが、40年の日韓基本条約により解決済みとなっている。
 政府は、一部施設の展示案内板や自治体などが運営するホームページ(HP)、発行冊子などに朝鮮半島出身者が徴用された歴史を記載する方向で調整しており、具体的な記述内容は今後検討される。
 自治体側にも具体的な方向性は示されておらず、各施設の説明にどの程度強制性に関する文言が盛り込まれるのかは不透明だ。日本側の対応次第では、韓国などによる反発が広がる恐れもある。[2015.07.06]

・徴用をめぐる日本政府代表の発言
WS001

 via http://www.sankei.com/life/news/150706/lif1507060004-n1.html

・世界遺産問題:将来に禍根を残す韓国への譲歩は河野談話と酷似
 http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150706/1436155683

・「韓国の逆転判定勝ち」 世界遺産登録、韓国メディアはこう伝えた
 http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/05/world-heritage-korean-media_n_7732714.html

・少しわかってきたので、整理(強制労働と徴用工):シンシアリーのブログ
 http://ameblo.jp/sincerelee/entry-12047438688.html
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スウェーデンがパレスチナを国家承認=EU主要国で初− はてなブックマーク - スウェーデンがパレスチナを国家承認=EU主要国で初−

スウェーデン政府は30日、パレスチナを正式に国家承認した。バルストローム外相が記者会見で明らかにした。欧州連合(EU)主要国でパレスチナを国家承認するのは初めてで、イスラエルとの和平交渉の行方や他の未承認国の動向に影響を及ぼす可能性がある。
 外相はパレスチナが国際法上、国家承認に必要な領土、国民、政府を備えていると指摘。承認の狙いとして「停滞した和平プロセスに新たな勢いを与える」ことや、パレスチナの立場をイスラエルに対しより対等に近づけ、交渉を促進することを挙げた。時期尚早との批判については「むしろ遅すぎることが危険だ」と反論した。[2014.10.30]
via http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014103001045&m=rss&m=rss&m=rss
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