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羽生善治、井山裕太氏に国民栄誉賞 はてなブックマーク - 羽生善治、井山裕太氏に国民栄誉賞

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 政府は5日、将棋で史上初の永世7冠を達成した羽生善治氏(47)と、囲碁で初めて2度の7冠独占を果たした井山裕太氏(28)に国民栄誉賞を授与することを正式に決めた。菅義偉官房長官が閣議に報告した。棋士の受賞は初めて。授与式は2月13日に首相官邸で行われる。
 決定を受け、羽生氏は東京都内で記者会見し、「大変名誉ある賞をいただき、棋士として一層精進していかなくてはいけないという思いだ」と表明。大阪市内で会見した井山氏は「少しでも成長し、いい戦いをしていけるよう向上心は失わずにいきたい」と強調した。
 羽生氏は昨年12月5日、新タイトル「叡王」を除く7大タイトル全ての永世称号を獲得し、史上初の永世7冠を達成。井山氏は同10月、名人位を奪還し、2度目の7冠独占を成し遂げた。
 安倍晋三首相は閣議後の政府・与党連絡会議で「両氏は歴史に刻まれる偉業を達成し、国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えた」と功績をたたえ、「今後ますます活躍されることを期待したい」と語った。
 国民栄誉賞は1977年創設。過去にスポーツや芸能の分野で23人と1団体が受賞している。[2018.01.05]
via https://www.jiji.com/jc/article?k=2018010500563&g=soc

 安倍晋三首相は5日、将棋で永世七冠を達成した羽生善治氏(47)と、囲碁で七冠独占を2回なし遂げた井山裕太氏(28)に、国民栄誉賞を授与することを正式に決めた。それぞれ将棋、囲碁界で初めての快挙で、実績を高く評価した。菅義偉官房長官が5日の閣議に報告した。2月13日に表彰式を実施する。
 首相は5日昼の政府与党連絡会議で、両氏に国民栄誉賞を授与する理由を「歴史に刻まれる偉業を達成した。今後ますますの活躍を期待したい」と説明した。菅氏は記者会見で両氏に関して「多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えた」と述べた。
 羽生氏は埼玉県所沢市出身。15歳だった1985年、史上3人目の中学生棋士としてプロ入り。19歳で初タイトルの竜王を獲得し、96年には史上初の七冠同時制覇を達成した。2017年12月には通算7期目となる竜王のタイトルを獲得し「永世竜王」の資格を得て、永世規定のある7タイトルすべてで永世称号を獲得し、史上初の「永世七冠」を達成した。
 井山氏は大阪府東大阪市出身。02年に12歳でプロ入りし、09年に史上最年少の20歳4カ月で名人を獲得した。16年には囲碁で史上初となる七冠独占を達成した。その後、いったん名人位を失ったものの、17年10月に再び奪還し、七冠に返り咲いた。
 これまで国民栄誉賞は個人としては23人が受賞している。
via https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25352510V00C18A1CR0000/

9

・羽生善治:Wikipedia
・井山裕太:Wikipedia

・国民栄誉賞について -:内閣府
 http://www.cao.go.jp/others/jinji/kokumineiyosho/
・国民栄誉賞:Wikipedia

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[将棋] 29歳で夭逝した村山聖 羽生善治に6勝7敗の成績を残した天才棋士 はてなブックマーク - [将棋] 29歳で夭逝した村山聖 羽生善治に6勝7敗の成績を残した天才棋士

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 「永世7冠」羽生善治名人に6勝7敗、怪童丸と呼ばれた天才がいた。病魔に悠然と対峙し、名人位への難局に満身創痍さながらに果敢に挑んだ不世出の大器村山聖(むらやま・さとし)だ。  
 1998(平成10)年8月8日、村山は、入院先の広島大学病院で進行性膀胱がんのため永眠。享年29。わずか4gばかり。吹けば飛ぶような王将の駒。吹こうが突こうが揺さぶろうが、一向動じない名人位という急峻な高嶺に薄命を賭けた稀有稀代の棋士、村山聖の奇跡を辿ろう。

■谷川浩司も羽生善治も凌ぐ異例のスピードデビュー!
 村山聖は1969(昭和44)年6月15日、広島県安芸郡府中町に生誕。兄姉の3兄姉の次男坊。森信雄七段門下。生涯成績 356勝201敗(うち不戦敗12)、勝率0.639。九段(追贈)。
 5歳。腎臓の難病、ネフローゼ症候群が発覚。小学校に入学するも病状が悪化し、広島市民病院の院内学級へ。広島県立原養護学校で6年生の1月まで入院。入院中、父に教わった将棋に没頭。病床で朝から晩まで指し続ける。母が枕辺に買い置いた雑誌『将棋世界』を舐めるように耽読する毎日だった。
 10歳。アマチュア四段。11歳。中国こども名人戦で4大会連続優勝。当時のタイトルホルダーの森安秀光(棋聖)を飛車落ちながら破る大金星も。
 12歳。小学生将棋名人戦の3回戦で佐藤康光(のち永世棋聖)に惜敗。13歳。中学生将棋名人戦でベスト8。プロ棋士をめざし、名人位が目標に。当時の名人位は谷川浩司。両親は「好きなことをやらせたい」と決意。両親の師匠探しの労が実り、日本将棋連盟広島将棋同好会の紹介で大阪の森信雄四段(のち七段)の愛弟子に。森は「一目で気に入った。好きなタイプ。普通の子ではない」と絶賛したという。
 14歳。奨励会に5級で入会。入会後、森は大阪で単身で暮らす病身の村山を親さながらに支える。発熱を繰り返す村山は「40度になったら死にます」と弁解。森は「40度になってない。大丈夫や」と必死に擁護、激励の手を休めない。真冬でも裸足でズック履き。ワイシャツを腕まくりして関西将棋会館を日参する。
 17歳。11月5日にプロデビュー。奨励会入会からプロ入りまで2年11か月。闘病のために止むを得ない不戦敗が重なったものの、谷川浩司も羽生善治も凌ぐ異例のスピードデビューとなる。
 20歳。若獅子戦決勝、C級1組順位戦で羽生に連敗。羽生は「がんばって昇級してください」と声をかける。21歳。若獅子戦決勝で佐藤康光を破り、棋戦初優勝を果たす。
 23歳。最初で最後のタイトル戦となる第42期王将戦で谷川浩司王将と七番勝負に挑むも、0勝4敗で完敗。辛酸を舐めるが、順位戦ではB級1組へ昇級。関西から関東へ移籍。遊びも覚え、先崎学、郷田真隆ら棋士仲間と麻雀、酒を楽しみ、人生を語り合い、結婚願望も口にする。「聖」の字から「ひじりちゃん」のニックネームも。
 25歳。4月、A級八段。名人位が射程に入る。27歳。第30回早指し将棋選手権で優勝。新人棋戦以外での唯一の勝利となる。2月の竜王戦1組の1回戦で羽生に辛勝、通算対戦成績を6勝6敗の互角に。

■ネフローゼ症候群と20年以上も闘病!進行性腎臓がんに奪われた棋士人生!
 村山の余命を奪った進行性膀胱がん。膀胱がん(Bladder cancer)は、膀胱に発症する上皮性悪性腫瘍だ。尿路上皮が、がん化して発症する。その90%以上は、尿路上皮がんだが、まれに扁平上皮がんや腺がんもある。画像診断やTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術) による確定診断によって「筋層非浸潤性がん」「筋層浸潤性がん」「転移性がん」に分かれる。
 筋層非浸潤性がんは、膀胱筋層に浸潤していないがんで、「表在性がん」と「上皮内がん」がある。表在性がんは、カリフラワーやイソギンチャクのように表面がぶつぶつと隆起し、膀胱の内腔に向かって突出していることから「乳頭状がん」と呼ばれる。
 表在性がんは、浸潤しないが、放置すれば、進行して浸潤がんや転移がんに進行する場合がある。上皮内がんは、膀胱の内腔に突出せず、粘膜(上皮)だけががん化した状態のがんだ。
 一方、筋層浸潤性がんは、膀胱の筋層に浸潤したがんで、膀胱壁を貫き、壁外の組織へ浸潤したり、リンパ節や肺や骨に転移を招くリスクがある。また、転移性がんは、原発巣の膀胱がんが、リンパ節、肺、骨、肝臓などに転移したがんだ。
 膀胱がんを発症すると、目視できる赤色や茶色の血尿が出る。血尿は、最も頻度の高い膀胱がんの症状だが、痛みを伴わない。頻尿、尿意の切迫感、排尿時痛、下腹部の痛みなどが現われやすい。
 村山の死因は、進行性腎臓がんだが、幼少時にネフローゼ症候群を発症し、20年以上の闘病と治療が続いている。ネフローゼ症候群は、尿中に大量のタンパク質(主としてアルブミン)が放出し、血液中のタンパク質が減少する低タンパク血症に陥る。その結果、 浮腫(むくみ)をはじめ、胸部や腹部に水がたまる胸水や腹水、排尿障害尿、腎機能障害、血圧低下、血栓症、血液中のコレステロール値の上昇などが現れる。
 治療は、入院安静、浮腫に対する水分・塩分、タンパク質の摂取量制限がが鉄則だ。だが、村山は、重体を押してでも対局に臨むなどの無謀な行動も見られたことから、ネフローゼ症候群の慢性化は避けられず、難治性の進行性腎臓がんに至ったと推察できる(参考:国立がん研究センターがん情報センター)。
 
■僕は死んでも、もう一度人間に生まれたい
 ネフローゼ症候群による浮腫のある顔貌から「怪童丸」と揶揄される。一旦、対局者に向かうや鬼気迫る勝負師の風貌に豹変する。ライバル棋士たちに盤外でも闘争心を剥き出しにする。だが、並み居る後輩らには、兄貴のような親愛の眼差しも忘れない。
 「さーっと去って行って、つむじ風のように、彼はあの世へ行ってしまったんじゃないか」父・村山伸一さん。
 「自分の命というものに対して、自分がいつ、どうなるか分からないというのを、そういう思いを持ちながら生きていた」母・村山トミコさん
 「じっと耐えてるというのは、人に見せないし、知られたくないし、分かってほしくもないという村山流の頑固さとか一途さとか、一徹さがあった。静かに耐えている時間が長いから、動いたときにすごく色が鮮明なくらい、はっきりした目的を持っていた」師匠・森信雄(七段)
 「中盤戦とか終盤戦とか、終わりに近い場面のときに、常識では考えられないような発想の一手を思いつくことができる人だった」羽生善治(棋聖)
 12月、羽生棋聖は、7つの永世称号を制覇する「永世7冠」を史上初めて達成。「永世七冠」とは、プロ棋士の8つのタイトル戦(竜王戦・名人戦・叡王戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦)のうち、永世称号のない叡王戦を除く7つのタイトル戦で規定回数以上の勝ち数を残した棋士に授与される称号だ。

■「西の村山、東の羽生」「奇襲の村山、知略の羽生」
 没後19年。「西の村山、東の羽生」「奇襲の村山、知略の羽生」と恐れらた。天与の鬼才・村山なら羽生永世とタイトルを奪い合い、分け合っているかもしれない。稀有稀代の熱戦対局が将棋史を色鮮やかな錦絵のように塗り替えたに違いない。
 「人間は悲しみ、苦しむために生まれた。それが人間の宿命であり、幸せだ。僕は死んでも、もう一度人間に生まれたい」村山聖
 「神様のする事は、僕には予測出来ない事だらけだ。願う事は、これから僕の思い描いた絵の通りに現実が進んでいく事だ」村山聖
 利に勝って理に負ける。棋士の数だけ人生がある。無位無冠の村山がひと駒に賭けた棋士人生も、また永世に値する。
via http://healthpress.jp/2017/12/post-3418.html

・村山聖 : Wikipedia
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[将棋] 羽生善治が竜王位を奪回し、史上初・前人未到の「永世七冠」を獲得 はてなブックマーク - [将棋] 羽生善治が竜王位を奪回し、史上初・前人未到の「永世七冠」を獲得

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将棋の羽生善治棋聖が竜王戦の七番勝負を制して通算7期目となる竜王のタイトルを獲得し、永世竜王の資格を得ました。これで現在7つある将棋の永世称号の資格をすべて獲得し、前人未到の「永世七冠」達成を果たしました。
将棋の永世称号は、同じタイトルを一定の回数、獲得した棋士に与えられ、羽生善治棋聖は現在7つある永世称号のうちすでに6つのタイトルで資格を得ていて、残る永世竜王も獲得条件となる通算7期まであと1期に迫っていました。
その永世竜王をかけて渡辺明二冠に挑む竜王戦の七番勝負は、ここまで羽生さんが3勝1敗とリードし、4日から鹿児島県指宿市で第5局が行われました。
渡辺さんは将棋界最高峰の竜王のタイトルを11期獲得してただ1人、永世竜王の資格を得ていて、羽生さんはこれまでにも2度、永世七冠をかけて渡辺さんとの竜王戦に挑みましたが、いずれも敗れていました。
対局は5日午前9時に再開され、羽生さんは優勢に駒を進めて渡辺さんの守りを崩し、午後4時23分、87手までで渡辺さんが投了しました。
羽生さんは竜王のタイトルを奪還するとともに永世竜王の資格を獲得し、7つの永世称号をすべて獲得するという前人未到の永世七冠達成を果たしました。
さらに、通算獲得タイトル数を99期として、同じく前人未到の大記録となる100期の大台に王手をかけました。

■永世七冠達成「まだ実感がない」
羽生さんは対局のあと「シリーズが終わってほっとしています。攻めていかないと逆に主導権を握られてしまうと思って、思いきっていきました」と対局を振り返りました。
そして、前人未到の永世七冠達成については、「まだ終わったばかりで、実感がないです」と話していました。

■ずっと1人で時代を作ってきた証し
将棋の「永世称号」は、同じタイトルを一定の回数、獲得した棋士に与えられます。これはタイトル戦における「殿堂入り」のようなもので、例えば最も歴史の長い名人戦では、通算5期、獲得した棋士に「永世名人」の称号が与えられ、引退後などに木村義雄十四世名人や大山康晴十五世名人などと呼ばれることになります。
かつて永世名人が世襲制となっていた時代がありましたが、今はすべて実力制となっていて、永世称号が与えられる条件は、「通算5期」のほか、「連続5期」や「通算10期」などとタイトルによって異なります。
これまでに実力制で永世称号を1つでも獲得した棋士はわずか10人で、タイトルを一定の回数、獲得してやっと得ることができる永世称号は、いわば「歴史に名を残す名棋士」の証しと言えます。
羽生さんと同世代で自身も永世棋聖の資格を持つ日本将棋連盟会長の佐藤康光九段は羽生さんの偉業について、「永世称号は、1つでも得られれば、一時代を作ったという証しとなりますが、羽生さんの『永世七冠』の場合は、初タイトルを取ってから30年近くにわたって、ずっと1人で時代を作ってきたという証しだと感じます。今後現れるかどうかもわからないくらいの大変な記録です」と話しています。
また、羽生さんの強さについては、「羽生さんくらいの年齢になると豊富な経験をもとに勝負しようとする棋士も多いのですが、羽生さんからは、常に新しい手法を取り入れて若手とも張り合おうという気持ちを強く感じます。もともと基本的な技術がほかの棋士より一つ抜けていた印象はありますが、何よりも、その力を持続させるための努力を怠らなかったことが今の羽生さんを作っていると思います」と理由を分析していました。[2017.12.05]
via http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171205/k10011247171000.html
https://www.shogi.or.jp/news/2017/12/post_1622.html

・羽生善治が竜王戦で勝利、史上初「永世七冠」に。“天才”が歩んだ足跡をたどる
 http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/05/yoshiharu-habu-legend_a_23297098/

・遂に偉業達成!羽生善治の史上初「永世七冠」に祝福の声
 https://matome.naver.jp/odai/2151243350647710601

・苦闘の果ての永世7冠=屈辱の1冠後退直後-羽生棋聖
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 羽生善治棋聖の永世7冠はどのような軌跡を経て達成されたのか。「不世出の天才棋士」の苦闘の歩みを追う。
 初の永世称号は1995年の永世棋王で、条件は連続5期。同年にもう一つ獲得した永世棋聖の条件は通算5期で、連覇の必要はないが、勢いに乗る羽生はこれも5連覇で達成した。
 前人未到の7冠独占を成し遂げた翌96年には名誉王座(連続5期もしくは通算10期)、翌97年には永世王位(同)を共に5連覇で獲得した。しかしその絶頂の裏側でライバルらが猛追を開始。7冠独占は計167日で終了し、2004年には王座の1冠にまで追い詰められた。
 ところが、翌年に4冠に復帰するなど再び強さを取り戻し、07年に永世王将(通算10期)、翌08年には永世名人(通算5期)も獲得し、史上初の永世6冠となった。
 最後に残ったのは、皮肉にも89年に初めて手に入れたタイトルである竜王の永世称号(連続5期もしくは通算7期)だったが、永世6冠後の2度にわたる挑戦はいずれも渡辺明竜王に退けられた。
 昨年から今年にかけては20代の若手棋士らに次々とタイトルを奪われ、10月に13年ぶりの1冠後退の屈辱を喫した。その直後に成し遂げられた竜王通算7期目の偉業で、羽生の粘り腰の強さが改めて証明された。
via https://www.jiji.com/jc/article?k=2017120500867&g=soc

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・竜王(7期) 永世竜王
・名人(9期) 十九世名人
・王位(18期) 永世王位
・王座(24期) 名誉王座
・棋王(13期) 永世棋王
・王将(12期) 永世王将
・棋聖(16期) 永世棋聖
・七大タイトル(合計99期) 永世七冠

◆永世7冠「大きな地点」羽生竜王会見、偉業振り返る
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 将棋界史上初の永世7冠を達成し、国民栄誉賞の授与が検討されている羽生善治竜王(47)が13日、東京都内の日本記者クラブで記者会見し、「30年以上にわたって棋士の生活を続けていく中で、一つの大きな地点にたどり着くことができたのは感慨深い」と偉業達成を振り返った。故大山康晴十五世名人の持つ最多勝記録1433勝まであと42勝に迫り、「大変な記録だが、追い抜いていけるように頑張りたい」と笑顔を見せた。
 ともに国民栄誉賞授与が検討されている囲碁の井山裕太7冠(28)について、「井山さんは全冠制覇をして、新しい記録を塗り替え続けている。隣の世界だが非常に素晴らしい棋士だと思っている」と井山7冠をたたえた。
 対局の際の緊張感は「何十年たっても感じることはある」というが、「プレッシャーが掛かるような環境で対局できることは棋士にとって充実して幸せなこと」とプラス思考に転じている。「最近は、今日は負けてしまったが次は明日から、という気持ちにはなれる」と負けを引きずらないことも強さを維持する秘訣(ひけつ)だ。
 勝ち筋が見えると手が震えると言われることを問われると、「勝ち筋がはっきり見えて我に返った時と、時間に追われていて何を指せばいいか分からない時に迷う時と、二つのケースがある」と明らかにした。
 将棋界は今年、20代棋士にタイトルを二つ奪われ、若手の台頭が著しい。「20代の棋士は非常に研究熱心。自分が知らなかった作戦、戦術を編み出して苦慮している面もある。新しい感性を持った棋士の一手を自分なりに勉強して吸収していかないといけない」と気を引き締めた。
 羽生は、今月5日の第30期竜王戦七番勝負で渡辺明棋王(33)を破り、永世称号の制度がある7タイトル戦で唯一獲得していなかった永世竜王資格(連続5期または通算7期)を得た。47歳2カ月でのタイトル獲得は、将棋界4位の年長記録。保有タイトルは棋聖と合わせて2冠。1996年に7冠制覇を成し遂げた後も順調にタイトルを積み重ね、通算タイトル獲得数は、名人9期、王将12期など計99期と、大台まであと1期と迫っている。
via https://mainichi.jp/articles/20171213/k00/00e/040/282000c

・羽生善治竜王「棋士の存在価値が問われている」 永世七冠が考える、人類とコンピュータの理想の関係(全文)
 http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/12/yoshiharu-habu_a_23305638/

◆羽生善治氏「永世7冠」どうスゴい? 次はタイトル100期と最年長記録に期待
 将棋の羽生善治棋聖(47)が12月5日の「竜王戦」でタイトルを奪取し、史上初の「永世7冠」を達成。大きな話題となりました。今回の竜王奪取で通算獲得タイトル期数は99期となり、前人未到の「100期」も目前に迫っています。この偉業に、政府は囲碁の井山裕太7冠(28)とともに国民栄誉賞を授与することを検討していると伝えられています。
 元「週刊将棋」編集長の古作登氏(大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員)は「永世七冠は表現できないぐらいの大記録」と指摘。さらに「来春行われる名人戦も挑戦権争いを演じており、100期目は名人奪取というものを狙っているだろう。また今後は最年長タイトル獲得記録(56歳)の更新も期待される」と話しています。

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■「野球の三冠王を5年連続取る」ぐらいの偉業?
 羽生棋聖は第30期竜王戦で渡辺明竜王に挑戦、4勝1敗でタイトルを奪取しました。今回の獲得で竜王通算7期目となり、永世竜王の資格を得ました。永世称号とは(別表参照)規定の回数以上のタイトルを獲得した棋士に与えられる称号のこと。羽生さんはこれまで永世称号が定められている7タイトル戦のうち、竜王を除く6タイトルで永世称号を得ており、今回の竜王奪取で七冠すべての永世資格を保持したことになります。

 羽生竜王・棋聖以外の永世称号資格者は、現役では渡辺前竜王の2つ(永世竜王、永世棋王)が最高。過去では大山康晴十五世名人(故人)と、中原誠十六世名人が5つ保持していますが、7冠達成は初めての快挙です。「たとえば野球の三冠王を5年連続取るといった、ありえないことが起きたというぐらいの記録。今後現れるとも思えないぐらいだ。囲碁界では井山裕太七冠(28)がそのペースにあるかもしれないが、羽生さんは30年近くタイトルを持ち続けており、尋常ではない」(古作氏)。将棋界では通算タイトル獲得が10期を超えている棋士は過去に8人しかおらず、通算99期も大山十五世名人の通算80期を大きく上回る記録です。それでも竜王戦後の記者会見で羽生さんは「将棋はまだまだ分からないことが多い」と語り、さらに高みを目指す姿勢を見せました。
 羽生棋聖は今回の竜王戦の直前に王位戦、王座戦で若手の挑戦を受け、いずれもタイトルを奪われてしまい、竜王戦も獲得は容易ではないという見方も出ていました。しかし、竜王戦では最近流行している戦法の採用や意欲的な作戦を披露するなど積極的な差し回しが光り、渡辺竜王を圧倒しました。古作氏は「羽生さん自身がおっしゃっていたように、今回が永世竜王獲得の最後のチャンスという意識は本音だったと思う。ほかの棋戦で気を抜いたわけではないだろうが、竜王挑戦のチャンスが高まった時点から、今年最大の目標は竜王獲得だったのではないか。王手をかけた第5局でも新構想を見せたが、もつれる前に一気に決めるという意欲を感じた」とみています。
 将棋界では最近、コンピューター将棋などの影響もあり、「雁木(がんぎ)」戦法という相当オールドスタイルな戦型が見直されており、羽生棋聖がこれを採用しました。新構想とは「角換わり腰掛銀」という戦型で、従来「無理では?」と思われた局面で攻めに出たことが見事に成功し、勝負を決したのです。

■羽生さんは47歳だが「将棋は柔軟でまだ若い」
 羽生竜王・棋聖に死角はないのでしょうか?
 実は2016年には名人を失ったほか、自身初の公式戦6連敗を喫するなどここ数年、過去の絶対的王者の姿が揺らぐ面も見られます。
 古作氏は「中原十六世名人が40代半ばを過ぎて頭の中の将棋盤が暗くなった、とおっしゃったように、45歳ぐらいがプロ棋士にとって大きな分岐点の年齢だろう」とみます。羽生さんは現在47歳。「将棋の内容としてはいまだに最新戦型を指しこなし、先入観にとらわれず、柔軟に戦っており、まだまだ若い。だがやはり体力を維持することが大きな課題でしょう。タイトル戦を続けてこなすことは激務。また将棋界の顔として対局以外の公務も多く、コンディションを整えることも大変ではないか」といい、羽生さんが年齢の壁とどう戦うか注目しています。
 将棋界では大山康晴十五世名人が56歳で王将を獲得したのが最年長記録。「羽生さんは記録をかなり意識している。100冠は当然視野に入るとして、最年長タイトルも狙っているでしょう。また今年鮮烈にデビューした藤井聡太四段など強い若手の存在も刺激になっているはず。将来藤井さんとタイトル戦であいまみえるということもモチベーションになるのではないか」と話しています。
via https://thepage.jp/detail/20171217-00000004-wordleaf
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