FC2ブログ

気になりィーモ!!

気になった記事や事柄を 自分のノート代わりとする場に していけたらと思ってます。

≫ EDIT

ユダヤ人6000人の命を救った日本のシンドラー「杉原千畝」を改めて知る はてなブックマーク - ユダヤ人6000人の命を救った日本のシンドラー「杉原千畝」を改めて知る

E58699E79C9F220E69D89E58E9FE58D83E7959DE9A098E4BA8BE4BBA3E79086[1]
 シリア難民の問題が深刻化している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2015年の難民の数が6000万人で過去最多となった。移民の受け入れを表明しているドイツの他にEU諸国も徐々に支援を広げている。遠い国のことだからと日本も他人事ではいられない。私たちにもなにかできることはないのだろうか。
 そんな難民問題を考えるきっかけにして欲しいのが、『杉原千畝』(大石直紀/小学館)だ。現在公開中の唐沢寿明主演の映画『杉原千畝』の公式ノベライズである。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人約6000人の命を救った外交官・杉原千畝の物語だ。今回の映画化で初めて杉原千畝という人物を知った人も少なくないだろう。しかし、ユダヤの人々からはいまも深い感謝と尊敬を集めている。杉原千畝は、どうして難民を救おうとしたのだろうか。

■苦学生から外交官へ
 まずは杉原千畝について知ってもらいたい。千畝は、1900年1月1日に岐阜で生まれる。幼くして秀才ぶりを発揮し、尋常小学校卒業時の成績は全甲(オール5)だったという。父親からは医者になるように命じられたが、英語教師を志していた千畝は家出して早稲田大学の英語科に入学する。外務省の留学生制度を利用して、満州にあるハルビン学院でロシア語を学ぶ。ここでも優秀な成績を残した千畝は、外務省書記官として働き始める。

■世界を変えた「命のビザ」
 日本に帰国した千畝は、友人の紹介で妻・幸子と結婚する。子供も生まれ、平穏な日々が続いたが、やがて外務省から新たな辞令が下る。そして1939年8月28日、運命の地となるリトアニアの首都カナウスの領事館へ赴任する。その頃、ポーランドがドイツとソ連に分割占領され、ユダヤ人たちはナチスの迫害から逃れるため、入国ビザの不要になったポーランドを経由して、隣国リトアニアへと大移動を開始していた。
 難民たちはビザを求めて各国の大使館、領事館を巡り歩いた。しかしほとんどの国は取り合わなかった。千畝は、領事館の柵の向こうで悄然と立ち尽くす難民の姿に胸を痛めていた。ドイツ軍に捕まったユダヤ人が虐殺を受けるのを知っていたからだ。千畝は、満州で中国人や朝鮮人が関東軍に差別や虐待されていた光景を思い出す。日増しに難民たちを助けたいという思いがこみ上がる。しかし外務省の許可がなければビザの発給はできない。千畝は現実と理想の狭間で苦悩する。
 その時、難民たちを助けるように千畝の背中を押したのは妻・幸子だった。家族の理解を得て千畝は決断した。1940年7月29日、千畝は日本政府に無断で難民たちにビザを発給し始める。噂を聞いて日本領事館の前にはビザを求める難民たちの列が100人、200人と続いた。千畝は昼夜を問わず、寝る間も惜しんでビザを書き続けた。やがて手が痺れ、腕に激痛が走るようになった。日本政府からはビザを発給しないようにとの命令も下った。それでも押し寄せる難民たちを見捨てられなかった。千畝のビザは彼らの命そのものだったからだ。
 そんな日々が1ヶ月間も続き、ついにソ連軍から強制退去命令が下る。9月5日、リトアニアから去る日が来ても、千畝は駅のプラットホームでビザを書き続けた。列車が発車する時刻になると、集まった難民たちが千畝に手を振って別れを惜しんだ。千畝の胸にあったのは、自分がもっと早くに決断していれば、さらに多くの人を救えていたという後悔だった。

catch_sugiharachiune[1]

■そして世界が杉原千畝を認めた
 帰国後、外務省から呼び出された千畝は自主退職を促される。事実上の懲戒免職だった。その後、不名誉なバッシングにも晒された千畝は貿易業や学校教師、放送局員などの職を転々とする。そんな千畝の名誉回復に動き出したのは、イスラエルの参事官ジェホシュア・ニシュリだった。ニシェリも千畝からビザを受給され、命を救われた一人だった。国際世論の働きかけもあり、1985年1月18日、千畝はユダヤ人への功績があった者に贈られる最も名誉ある称号「諸国民の中の正義の人」(ヤド・バシェム賞)を受賞する。そして翌年の1986年7月31日、86歳で生涯を閉じた。
 『杉原千畝』は、決して戦争小説や反戦映画ではない。この作品に描かれているのは、隣人への思いやり、家族を愛する心、差別や暴力に立ち向かう正義感、そして世界をより良く変えたいという願い。杉原千畝の生き方であり、人としてのあり方だ。それらは私たちにも当たり前にある善意でもある。
 私たちひとりひとりの小さな善意から世界は変わる。杉原千畝を思うと、そんな優しい気持ちがわいてくる。
 via http://ddnavi.com/news/280828/a/

・杉原千畝:Wikipedia

・杉原千畝記念館:八百津町HP
 
・杉原千畝と「命のビザ」 ~東洋のシンドラーと呼ばれた外交官~:アジア歴史資料センター
 http://www.jacar.go.jp/modernjapan/p14.html

・杉原千畝が救ったユダヤ人女性 「私を思い出して」日本に写真を残す
 http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/20/chiune-sugihara_n_5180745.html
関連記事
スポンサーサイト
ブログパーツ アクセスランキング

| 歴史 | 11:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

タイム誌「今年の人」にメルケル首相 金融危機や難民対応を評価 はてなブックマーク - タイム誌「今年の人」にメルケル首相 金融危機や難民対応を評価

96958A9E9381E2E2E6E2E2E2EB8DE2EBE3E0E0E2E3E7E2E2E2E2E2E2-DSXMZO9496646009122015000001-PB1-2[1]
米誌タイムは9日、毎年恒例の「今年の人」に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(61)を選んだと発表した。
最終選考にはメルケル氏のほか、黒人青年が白人警官に射殺された事件に端を発する抗議運動グループや、過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」指導者のアブバクル・バグダディ容疑者、「私は女性」と宣言した男子陸上金メダリストのケイトリン・ジェンナー氏、配車サービス「ウーバー」のトラビス・カラニック最高経営責任者(CEO)、ロシアのプーチン大統領、イランのロウハニ大統領、米大統領選で共和党の指名獲得を目指すドナルド・トランプ氏の7候補が残っていた。
米NBCテレビの番組の中でタイム発行人のナンシー・ギブズ氏は、メルケル首相を今年の人に選んだ理由について、欧州の金融危機や、中東やアフリカからの難民流入、欧州で続発したテロなど相次ぐ問題への対応を評価したと説明した。
またカール・ビック総合編集者は、メルケル首相を「欧州連合(EU)の事実上のリーダー」と形容。欧州は今年、ギリシャに端を発するユーロ圏の金融危機と、大量の難民流入という「存亡の危機」に2度も見舞われ、メルケル首相の主導で乗り切ったと指摘した。
ドイツは難民を積極的に受け入れる姿勢を示し、欧州のどの国よりも多い80万人の受け入れを表明している。
タイム誌の今年の人に女性が選ばれるのはメルケル首相で4人目。過去には元英国王エドワード8世の妻だったウォリス・シンプソン夫人、英エリザベス女王、フィリピンのコラソン・アキノ元大統領が選ばれている。
via http://www.cnn.co.jp/world/35074722.html?ref=rss

・タイム誌「今年の人」にメルケル独首相…難民問題でリーダーシップを発揮と評価
 http://matome.naver.jp/odai/2144969796891255001
関連記事
ブログパーツ アクセスランキング

| 世界 | 01:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ヨーロッパ最大の危機。日本ではあまり報道されないヨーロッパの難民問題に関する10の事実 はてなブックマーク - ヨーロッパ最大の危機。日本ではあまり報道されないヨーロッパの難民問題に関する10の事実

 今年1月から8月までに、35万人以上の移民がヨーロッパの国境に押し寄せた。これまでで最高の人数で、実際にはもっと多い可能性がある。毎日のように、ハンガリーで抗議する移民の姿や、地中海を渡り切れずに溺れて亡くなった子供の写真などが報道されている。近年最悪の難民危機といっていいだろう。・・・





■移民なのか?難民なのか?
 マスコミのほとんどはこれまで、移民についての危機を述べてきたが、国連の意見は異なる。国連は2015年7月時点で、地中海を渡ってきた13万7000人の人たちについての調査結果を発表し、彼らの大多数は難民として十分に分類されると結論づけた。
 たちまち、ヨーロッパのメディアの間で、重大かつ感情的な議論が活発化した。BBCのような放送局は、大勢の難民や、彼らと一緒に到着した経済活動をする移民の両方を中立かつ正確に表現しているとして、技術的には正しい"移民"という言葉を使い続けている。
 一方で、移民は自発的に来ている人たちのことをいい、国連も彼らを難民とを一緒にするべきではないとしているため、移民と難民は明確に分けるべきと強く主張する人たちもいる。
 アル・ジャジーラは、難民という言葉は侮辱の意味があり、国境を越えてやってきた人たちすべてを非人間的に扱っていると主張している。イギリスのチャンネル4やガーディアンも同意見で、ワシントンポストは意見を保留している。
 昨今、移民をめぐる言葉は毒のあるものになっているため、こうした議論は重要なことだ。イギリスのタブロイド紙は、移民のうじゃうじゃした"群れ"がもうすぐ襲撃・侵略してくると報道し、さる著名なコラムニストでさえ、地中海で亡くなった人たちを"ゴキブリ"と呼んだ。彼らがどこから逃げてきたかを考えれば、こんなことを書けるはずがない。

■難民のほとんどは世界最悪の場所から逃げてきている。
 もちろん、経済活動のための移民も同じルートでヨーロッパにやってくる。しかし、大多数は世界でもっとも危険な国から逃げてきている。地中海を越えてヨーロッパに入ってくる人たちの3分の1は、シリアの大虐殺から逃れてきている。次に多いのが、アフガニスタンやエリトリア。前者は腐敗した無法国家、後者はアフリカの北朝鮮として知られる残忍な独裁政権国家だ。
 それよりは小規模だが、同じように恐ろしい地域から逃げてきた難民もいる。イラク、ソマリア、ナイジェリアなどの人たち、2003年以降大量虐殺が行われてきたスーダンのダルフール市民も、安全を求めてヨーロッパを目指す。総計でアフリカからヨーロッパを目指す難民の70%になると考えられている。
 一方で、特に危険とは思われていない国からの難民の数もかなり多い。2015年の1~3月の間、コソボ市民からの亡命申請書はどこよりも多かった。アルバニア人、セルビア人の数もかなり多くなっている。しかし、こうした国からの申請はだいたいが却下されている。ドイツはバルカン半島からやってくる人たちを送り返すことにしている。

■甘い見解、足並みのそろわないヨーロッパ諸国
 2015年8月末までの8ヶ月間で、35万人の難民が地中海を渡ってEUを目指した。これは2014年全体の難民数よりも7万人も多いし、アイスランドの全人口よりも多いが、ヨーロッパ全土の比率から見ればそこまで多くはないといのがEUの見解である。
 たしかにEU全体の人口は5億300万人、面積は440万平方キロメートルで、これはインドとペルーを合わせた面積よりも大きい。ここでの35万人を考えると、全人口の0.7%よりも少ないことになり、この数字は少ないように思える。だがここには送還されたり、亡命を却下されたバルカン半島からの難民の数は入っていないのだ。
 ヨーロッパに上陸する難民たちについてのこうした甘い公式発表は、すべての国の現実を反映していない。ハンガリーのように、本当に限界まできている国もあれば、影響がほとんどない国もある。イギリスは今年、300人未満のシリア難民を受け入れてきたが、全体的には亡命希望者の数は減っているとみている。イギリスは2011年の20万人近くから、7万6000人以上少ない11万7161人だけを今は受け入れている。スペインは2万1112人の亡命申請を受け、ヨーロッパの一国当たりの割り当て数は一番低い。スロバキアはさらに少なく事実上はゼロだ。
 本当の問題は、難民の再定住について、ヨーロッパの方針が定まっていないことだ。ドイツは各国に公平に分担してもらって、ハンガリーやギリシャの負担を減らして欲しいとしているが、EUにこれを強制するルールはない。結果的に、国境を実質的に封鎖して、これ以上の難民を流入させないようにしている国も出てきている。

■受け入れ限界に達しつつある国
 ここ数年、ハンガリーは13万人近くの亡命希望者に門戸を開いてきた。この数字はそれほど大きくないとはいえ、それほど人口の多くないハンガリーにしてみれば、悪夢のような試練になっている。バルカン半島に上陸した難民の主な通り道のひとつになっているため、この小さな国は玄関先を通り過ぎる人々の流れを目の当たりにしてきた。
 首脳陣はドイツへ向かおうとする難民を駅から締め出すことでこれに対応をした。さらに南のギリシャも、同じように戸惑っている。すでに財政難に苦しんでいるこの小さな国に、何千もの亡命申請を処理する能力はない。結果的に、レスボス島のような場所に毎日のように新たな難民が2000人も上陸してくるため、人口が9万から11万へと膨れ上がった。何千もの人が一時的にキャンプするせいで、頻繁に衛生面の問題も生じ、政府が秩序を維持する余裕もない。
 難民に優しいことを誇る国でさえ、想像以上のトラブルを抱えているかもしれない。ドイツはシリア難民を寛大に受け入れてきたが、ジ・エコノミスト紙はこの国は政治的に限界に達しつつあると主張している。

■それでもヨーロッパの多くの国民は難民を歓迎している。


 上記のような記事からは、ヨーロッパ各国が団結して難民にノーを突きつけているように思えるが、一部マスコミのあおりもあるとはいえ、現実は違う。
 ドイツでは、たくさんのサッカーファンが多くの試合で、難民を歓迎する巨大なのぼりを掲げていた。ヨーロッパサッカーは伝統的に、極端な人種差別主義の温床と考えられてきたので、これは予想外の出来事だった。
 反移民傾向のあるオーストリアでさえ、2万人がウィーンをデモして、迫害を逃れてきた人たちとの団結力を見せた。ミュンヘンの臨時難民キャンプでは、食料の寄付を呼び掛けが大きくなりすぎた結果、キャンプに物資があふれてしまったため、ドイツ警察が地元住民の協力を断らざるを得なくなってしまった。世論調査では、ドイツ国民の60%が自分の国はもっと多くの難民支援ができると信じていることが繰り返し示されているという。
 もっとも難民の影響が大きい、ハンガリーの最前線の町セゲドですら、通りにあふれる難民へ食料や衣類、医療品の寄付が多く見られた。ギリシャでも同じような状況が報告されている。
 だからといって、これがすべてが順調にいっていることを示しているわけではない。ドイツ東部では、ネオナチによって難民保護施設が放火された。スウェーデンでは、難民のコニュニティの中で恐怖が蔓延している。しかし、普通のヨーロッパ人は徒党を組んで難民に対抗することはまずない。

■イギリスはとりわけ葛藤している。
 同じ英語圏の国として、多くのアメリカ人は難民危機について興味をもっていて、イギリスにニュースを求めている。しかし、メディアが煽って政治的な争いにもつれこんでいることもあって、イギリスはとりわけ葛藤している。
 最近の世論調査では、難民危機にどう対応したいのか、イギリスは迷っているように見える。ITV による調査では、イギリス国民の約半分が難民の入国に反対しているとしている。特に、シリアの内戦を逃れてきた人たちについては、47%の回答者がイギリスに迎え入れるべきではないとしていて、さらに42%が国境の封鎖を望んでいるという。しかし、別の世論調査ではこれとは逆の結果が出ていて、イギリスの若者10人中8人は、難民に寛容なイギリスの歴史を誇りに思っているという。
 地域によって、かなり意見が割れている。スコットランド自治政府首相のニコラ・スタージェンは、難民支援を確約する一方で、300人以上のシリア難民の受け入れを拒絶したとして、キャメロン首相を公に非難した。首相率いる保守党の議員たちも、キャメロン首相の対応を恥としているが、マスコミの意見は割れている。タブロイド紙も高級紙と論争し、毒のある言葉の応酬が普通に繰り広げられている。ヨーロッパの中で一番難民の流入の少ないイギリスで、こうした動きがあるのは興味深い。

■難民危機はまだEUを分裂させる可能性がある。
 ヨーロッパが直面しているさまざまな問題の動きを左右する触媒として、難民危機がどのように作用しているかということが、もっとも注目すべき面だ。ヨーロッパ全体が沈みかねない金融破綻を回避できても、EUはいまだ分裂の危険の淵にある。
 この最前線にあるのは、”自由”という潮流の原理だ。人の移動の国境管理を廃止するシェンゲン協定の一部として、ヨーロッパ26の加盟国は互いの出入国管理を廃止した。その結果、どの国の人間も好きな場所に住み、働くことができるオープンなEUが誕生した。
 これはヨーロッパの基盤のひとつとみなされている。アンゲラ・メルケル首相は、ドイツはシェンゲン協定のないEUは崩壊するとみなしていることを明確にしたが、今、この協定を廃止したいと思っている国もある。
 デンマークは、国境管理を復活させたいと煽っている多くの国のひとつだし、イギリスはアイルランドと共にシェンゲン協定に加盟していない唯一の二国だが、同じ意見だ。
 別の方面からも、ドイツはEUとの間に問題を抱えていて、ほかの国が難民をあまり受け入れないことにベルリンは苛立ちをつのらせている。
 また、2016年4月上旬にイギリスで行われる、EU残留を問う国民投票が近づいていることも問題だ。難民危機がイギリスを離脱に追いやる可能性を懸念する人もいる。もしそんなことになれば、すでにフィンランドが主張しているように、イギリスがいなければ、EUは存在しないも同然という事態になりかねない。

■ヨーロッパ以外の国はもっと多くの難民を受け入れてきた。
 確かにヨーロッパの難民危機も大変だが、ほかの地域とは比べものにならない。中東では、これまで多くの国々が急速な人口の変化を体験してきた。すでにトルコだけでも、ISから逃れるために必死で国境を越えたシリア難民のせいで、人口が160万人も膨れ上がった。UNHCR(国連難民高等弁無官事務所)は、年末までには、トルコに住む難民は200万人にのぼる想定している。
しかし、これはトルコの総人口の2.6%にすぎず、比較的少ないほうだ。ヨルダンではもっと多い。この小さな国は62万人の難民を受け入れているが、これは自国の人口640万人の10%近くに当たる。さらに悪いことに、ヨルダンは今、水不足の危機にある。レバノンでは、2015年3月現在で、5人にひとりがシリア難民だが、現在はすでに4人にひとりになっている可能性がある。こうした事態に比べると、ヨーロッパはまだ難民の数は比較的少ないほうだ。
 アメリカもこの危機に絡んでいる。最大の難民受け入れ国のひとつとして、アメリカは毎年平均7万人の難民を受け入れている。残念なことに、911以降、シリア難民がその恩恵にあずかることは非常にむずかしくなっている。これまでシリア難民はたった1000人しかアメリカに受け入れられていない。だが、ホワイトハウスは、2016年までにはその数を8000人に増やす計画だ。

■経済効果は予想以上に好調
 ヨーロッパでの難民論争は、人々の流入が自国の経済に与える影響について焦点が当てられてきた。移民や難民が気前のいい生活保護を過剰に期待して、ヨーロッパに引き寄せられていると多くは思っている。特にイギリスではこの考えが顕著だが、全体像からはほど遠い。
 イギリスの福祉状況は、かなり悲惨だ。2012年の欧州委員会の報告では、イギリスはポーランド、ルーマニア、スロヴァキア、エストニア、マルタと並んで、比較的福祉に余裕がない位置づけだ。ベルギー、デンマーク、ポルトガル、スペイン、フィンランド、オランダがもっとも高い。3ヶ月以上居住し、就労見込みを証明することが要求されるイギリスで、移民が失業手当を請求するのは難しい。それでも、仕事がなくても、いちおう6ヶ月までの手当ては請求できる。
 イギリスでは、亡命申請者は週たったの36.95ポンド(約6800円)しか受け取ることができない。これはフランスよりも低い。難民天国のはずの、ドイツやスウェーデンでさえも少ない。さらに労働制限があり、イギリスやスウェーデンでは、難民の就労には厳しいルールがある。つまり彼らの影響が求人市場を狭めているということなのだ。
 ザ・エコノミスト紙は、これを実際問題とし、各国に難民受け入れと就労の場を与えるよう要請してきた。移民が最終的に国庫に貢献してくれて、事業を展開し、自国民よりも犯罪率が低いことが研究で示されていると指摘する。さらに、移民が全体的な賃金を引き上げていることも示されているという。ヨーロッパの急速な高齢化が進む中、多くの国家が必ず通らなくてはならない道なのかもしれない。

■本当に苦しんでいるのは難民自身であるということを忘れてはならない
 ヨーロッパの難民危機について報道は、EUへの影響ばかりに集中する傾向があり、本当の犠牲者は誰なのかということを忘れがちになる。アンチ移民のヨーロッパ人たちの心配ももっともだが、本当に苦しんでいるのは難民自身なのだ。
 毎日、迫害から逃れようとして、子どもたちが地中海で溺れ死んでいる。2015年9月2日、トルコのビーチで、アイラン・クルディという男の子が打ち上げられ、うつ伏せの状態で死んでいるのが見つかった。男の子とその家族は、シリア北部のISの残虐行為から逃れて、カナダへ行こうとしていた。男の子は3歳で、5歳の兄も一緒に亡くなった。
 オーストリアでは、トラックで運ばれていた71人の難民が、夏の暑さの中、道路脇に置き去りにされ、中にいた全員が窒息死した。死者の中には2歳の女の子ひとりと8歳から10歳の男の子3人がいた。発見されたときには、遺体の腐敗が激しく、正確な死亡者数もわからないくらいだったという。
 150人がリビアの海岸で溺死したとか、今年の1月から4月の間に、必死でヨーロッパにたどり着こうとして、名前もわからない人たち2000人近くが死んだとか、毎日、こんな話が次から次へと出てくる。現在のヨーロッパの難民危機への答えは簡単には見つからないかもしれないが、このような想像を絶する苦しみを味わっている人たちを無視するなど、決して許されることではない。
 
 過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭などの影響もあり、シリアやイラクで数百万人規模の人びとが国外避難を余儀なくされており世界の難民数は急増している。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、世界全体の難民数は2013年時点で5100万人(推定)にのぼり、第二次世界大戦後で最も多くなっている。
 各国が新たな受け入れを表明する中、難民認定が極めて少ない日本の現状に海外メディアや人権団体から疑問が投げかけられているのは周知のとおりだ。ロイター通信は、「欧州は難民に扉を開いたが、日本は扉をきつく締めた」と題する記事を配信した。昨年の日本の難民認定数が5000人の申請者に対しわずか11人だったことが影響したようだ。
 日本は多額の資金援助をしているものの、「難民に冷たい国」との印象が強まっている。国連の代表者は日本に対し、「状況はひっ迫している。資金援助のみならず人道支援を求めている」 との公式見解を表明した。
 via http://karapaia.livedoor.biz/archives/52201104.html
http://listverse.com/2015/09/10/10-urgent-facts-about-europes-migrant-crisis/

・他国はやってる…日本は難民を受け入れないのか調べてみた
 http://matome.naver.jp/odai/2144228920718849201

◇7万人もの難民が押し寄せた176人の村の現実 スロベニアのリゴンツェ
map[1]


 スロベニアのリゴンツェは、クロアチアとの国境に接する人口わずか176人ののどかな村だ。村人の多くはカトリック教徒で、農作業に精を出し、近所の人に行き合えば温かく挨拶する。先週、そんな村の様子が一変した。
 牛や鶏の鳴き声やトラクターで畑を耕す音は、一夜にして、戦車の走行音、拡声器でアラビア語の指示をがなり立てる音、いつまでも続くヘリコプターのプロペラ音に取って代わられた。
 ドイツやオーストリアをめざす何千もの人々が、クロアチアとスロベニアを結ぶ橋を渡ってリゴンツェ村に入ってきたのだ。その多くは、シリア、アフガニスタン、イラクの戦争や内乱を逃れてきた難民だ。彼らは、船や列車や徒歩で数カ月も旅をしてここまで来た。彼らは、すでにセルビアとハンガリーの国境を先に通過した難民たちの後を追って数週間後に故郷を出たが、ハンガリーがセルビアとの国境を封鎖したため、進路を変更してリゴンツェ村にやって来たのだ。村当局の見積もりによると、これまでに7万人以上の難民や移民が村を通過したという。
「ひどい災難です」と村人ヤニャ・フリバルさん(19歳)は嘆く。「うちの牛は逃げてしまいました」
 リゴンツェに押し寄せた難民や移民たちは、当初、村のメインストリートを歩いていた。メインストリートとは言っても、車2台がやっとすれ違える程度の幅しかない、埃っぽい田舎道だ。道の両側には20軒ほどの家があり、数カ所の小さな庭ではレタスやキャベツを育てている。移民たちは道を歩きながらごみを捨てていくため、「スロベニアで最も美しい村」コンテストの常連だったこの村の道端に、ペットボトルや丸めた紙や毛布やコートが散乱するようになってしまった。
 移民の行列は村人たちを圧倒した。村人の多くは何世代も前からこの村に住んでいる。彼らは家の外に出て、フェンスの向こうの信じられない光景をじっと見ていた。
 村人のブランコ・プロセルツさんは、「リゴンツェは国境に位置していますが、何の問題もない、のどかな村でした」と言う。「車にもトラクターにも家にも、鍵をかける必要などありませんでした」
 移民たちは今、柵と暴動鎮圧用装備を身につけた警察官に囲まれて野原で待機している。指示が出たら、牧草地の中を突っ切り、家々の裏の道を通って、バスが来ているところまで歩いてゆく。バスに乗り込んだら近隣の街にあるキャンプに運ばれ、そこでまたオーストリアやドイツのキャンプに空きが出るのを待つのだ。
 多くの村人が、移民を親切に迎え入れようとした。「彼らは穏やかな顔をしています。小さな子どものいる家族は、本当に気の毒だと思います」とプロセルツさんは言う。彼は村当局と協力して、野原で待機する人々にきれいな水を供給するため、1日に数回、村の消火栓から引いた水をタンクに入れるように手配した。
 とはいえ、移民たちはいつも穏やかに過ごしているわけではなく、喧嘩をする若者たちもいた。
「どなり声は人々を不安にします。小さな子どものいる家庭は、この人たちを怖がっています」
 冷たくじめじめした地面に座る移民や難民は、毛布をかぶって縮こまっている。夜になると野原の気温は氷点下まで下がるため、彼らは暖を取ろうとしてごみやプラスチックを燃やす。このことが、一部の村人の眉をひそめさせている。
 移民たちが集められている野原に隣接する家に息子一家と暮らしているスタンコ・ブチャニクさん(63歳)は、「あの煙のせいでひどい咳が出て、薬をもらいに行かなければなりませんでした。彼らにプラスチックではなく木を燃やすようにさせる手立てはあるはずです」と訴える。
 一部の村人は、トウモロコシや小麦がだめになったり汚染されたりするのを心配して、予定より早く収穫するつもりだと言っている。
 退役軍人のアルビン・ユルカスさん(64歳)は、移民に対する苛立ちを隠さない。「私たちは農民です。この小さな村で、大地の恵みによって暮らしています。移民の中には病人がいて、この土地にはない病気を持ち込んでいます。彼らがこの地にとどまるかぎり、私たちは病気もごみもなくせないでしょう」
 国際移住機関(IOM)によると、2015年に入ってから、すでに70万人以上の難民や移民がヨーロッパに流入しているという。10月25日には、スロベニア、クロアチア、ハンガリー、セルビア、ギリシャ、アルバニア、マケドニア、ブルガリア、ルーマニア、オーストリア、そしてドイツの首脳が国連難民高等弁務官事務所やEU高官とブリュッセルで会合を開き、移民の流入を効果的に管理する方法について話し合った。
「私たちは腹を立ててはいません。どこの国の人でも気にしません」とプロセルツさんは言う。「彼らがこの国にとどまるのか、通り過ぎるだけなのかは分かりませんが」
 それは、リゴンツェ村の住民の多くが、故郷を追われる辛さを知っているからだ。高齢の村人の中には、第二次世界大戦中に村がナチス・ドイツに占領された際に、ドイツの強制労働キャンプに送られた人もいる。プロセルツさんの父親もその1人だ。
 家政婦をしているアナ・ペトリッチさん(57歳)のように、移民に救いの手を差し伸べる人もいる。彼女は、炊き出しを行っているNGOに自分の牧草地を提供している。
 アンカ・ブチャニクさん(32歳)は、移民の子どもたちに暖かい衣服を提供した。5歳になる彼女の息子は、水を供給するタンクが設置されるまで、11リットルの水を野原に運んだという。また、移民の流入が始まった当初は、学校の送迎バスが道を通れなくなり、子どもたちは通学できなかったそうだ。
 リゴンツェの村人の多くは移民に敵意を持っていない。だが、彼らを村に送り込んできたクロアチアには怒りを感じている。
 ユルカスさんは、「スロベニアとクロアチアの間には何の合意もなく、連絡さえないのです」と言う。「クロアチアは大勢の移民を送り込んできますが、私たちは受け入れの準備ができていません。彼らがやって来るなんて誰も教えてくれなかったので、本当に驚きました」
 最初の数日間は、数千人の移民が列車から降ろされて、どこをめざすべきかも分からないまま徒歩で国境を越えてきた。道案内をする人が誰もいなかったので、橋を見つけられずに川の中を歩いてきた人もいた。
「私が知るかぎり、こんなにたくさんの人がリゴンツェ村を通ることはありませんでしたし、これからもないでしょう」とユルカスさんは言う。「早く元どおりになるとよいのですが、今のところは、終わりがないような気がします」(参考記事:「戦火を逃れ 国境を越えるシリア難民」)
 スロベニアの大統領と外務大臣はリゴンツェ村の国境沿いにフェンスを立てる可能性に言及しているが、村人の多くは、それでは問題は解決しないと考えている。一部の村人は、ギリシャとトルコの間の国境を封鎖するべきだと主張している。移民や難民がオーストリアやドイツに早くたどり着けるように、ヨーロッパ内を安全に移動できるようにするべきだと主張する人もいる。
 けれども、ドイツがアフガニスタンからの移民の送還を始めるという報道については、全員が不安を感じている。
「ドイツとオーストリアが国境を封鎖してしまったら、私たちはこれだけの数の移民を支えることができません」とプロセルツさんは言う。「彼らがここにとどまる場合、どうやって共存していけばよいのか、とても心配です」
 何よりも心配なのはヨーロッパの未来だ。
 ペトリッチさんは言う。「移民の数があまりにも多いので、彼らを迎え入れる国々の平和が破られるのではないかと不安です。このことがきっかけで、将来、ヨーロッパによくないことが起こるかもしれません。とにかく数が多すぎるのです」
 via http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/103000305/


◇シリア難民問題がなぜ起きたのかが見るだけで理解できるムービー
・The European Refugee Crisis and Syria Explained

シリアの難民問題が起きた原因として、シリアの国内情勢が深く関わっています。
シリアでは、1971年~2000年のハーフィズ・アル=アサド、2000年以降をバッシャール・アル=アサドと、アサド政権による独裁政治が続きました。
そんな中、2010年から2012年にかけてアラブ世界で発生した一連の大規模反政府デモ「アラブの春」で革命の波が広がり、チュニジア・エジプト・リビアなどで多くの政治体制が倒されました。
一方で、アサド政権はこの反政府運動に耐え切り、シリアは内戦状態へ突入。シリア国内でヒズボラ、イスラム戦線(IF)、クルド人民防衛隊(YPG)、シリア政府軍、シリア反政府勢力など、さまざまな組織が争い始めたのです。
「イスラム国」(イスラミックステート、IS)はこれをイスラム教国家樹立の絶好の機会と捉え、活動を開始。
すぐさま、ISは世界で最も成功した暴力組織となりました。
ISは化学兵器の使用・大量虐殺・拷問などの戦争犯罪を繰り返し行っており…
シリア国民はさまざまな組織の対立で板挟みの状態に追い込まれました。
その結果、シリア国民の3分の1が国を追われ、400万人もの難民が発生。
シリアの近隣諸国にある難民キャンプでは、95%をシリア難民が占めています。
サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーンなどの、シリア南部に位置するペルシャ湾岸の国々は難民の受け入れを拒否。世界中から「恥ずべき行為」として非難を受けました。
しかし、国連にもこれほど大規模の難民を受け入れる準備はなく……
瞬く間に難民キャンプは大量の人であふれ返り、厳しい寒さや、不十分な食糧・医療で多くの人が死んでいきました。
「難民キャンプにとどまっても死を待つだけ」という状況に絶望した人々が、他国へ亡命する道を探し始めたのです。
2007年~2014年の間、EUは20億ユーロ(約2658億円)をかけて国境警備のハイテク化を進めて強化。
一方で、亡命する難民のための準備はほとんど行われなかったため、難民にとってEUへの亡命は厳しい見込みだったとのこと。
最初に難民が到着したのは、ダブリン協定の加盟国であるイタリア・ギリシャ・ハンガリーでしたが……
ギリシャは経済不況のまっただ中であるなど、いずれも少なからず問題を抱えていた国であったため、大量の難民受け入れはできない状態でした。
それでも難民が押し寄せてくるため、観光客でにぎわっていた島が飢えた人々で埋め尽くされ、地元民や観光客の不安も高まりました。
難民問題の対処には世界的な協力が必要とされていますが、実際には多くの国が受け入れ拒否を表明し、「隣国の窮状には我関せず」といった状態が続きました。
イギリスは地中海で難民希望者の援助を行っていましたが……
2014年を最後に中止してしまいました。
だからといって、危険な海路の亡命が少なくなったわけではなく、多くの人が命がけで海を渡って亡命先を目指しています。
そんな難民問題の世界の認識が大きく変わったのは、トルコの砂浜で3歳の難民少年の水死体が発見されたときでした。
実際に起きている悲劇に世界中が目を向けるきっかけとなり、ドイツは80万人の難民の受け入れを宣言。
単独で前年のEU全体が受け入れた難民数を超える人数の受け入れを準備しました。
ドイツは一時的な国境管理をスタートし、EU諸国で問題の対処を求めました。
ドイツの決断により、食糧や衣類などの物資が寄付として集まり始めています。
しかし、難民の受け入れには「イスラム教」「出生率」「犯罪の増加」といった要因が懸念されていることも確かです。
事実はどうなのか見てみると、もしEUが全ての難民を受け入れ、全員がイスラム教徒だったとしても、EUのイスラム教徒人口は「4%」から「5%」になるだけ。
ヨーロッパが「イスラム教大陸」になる、ということはないため、「イスラム教」であることを理由なく恐れる必要はないとのこと。
西欧諸国の出生率はもともと低いのですが、難民を受け入れることで、将来的に難民が人口で上回るのでしょうか。
イスラム教徒の出生率の方が高いのは確かですが……
生活水準の向上に伴って、イスラム教徒の出生率もまた、低下傾向にあるとのこと。
また、国を追われてさまよっている難民は、すでに教育を受けた人たちです。
シリア内戦が起こる前からシリア人の出生率も低下しており、人口は減りつつあったこともわかっています。
そして「難民が犯罪を起こすのではないか?」という心配もありますが……
もともと移民の犯罪率は高くない、というデータがあるとのこと。
つまり、受け入れた難民に仕事を与える準備ができれば、労働力として社会的利益の増加も見込めるというわけです。
高齢化社会になりつつあるEU諸国において、社会の支え手になり得る可能性もあります。
シリア難民がスマートフォンを使っていることがニュースになっていますが……
ネットは難民にとって必需品であり、GPSで居場所を確認したり、Facebookで現地の最新情報を得たりすることも可能とのこと。
もしあなたが危険な旅に出かけるとき、スマートフォンは不要でしょうか。
EUは裕福な地域で、民主主義・充分な社会保障・インフラ・巨大産業などの条件からから「難民を救う力がある」といえます。
しかし、それはほかの先進国にも言えること。
ヨルダンは60万人の難民を抱えていますが、ヨルダンの78倍のGDPを持つイギリスでも「5年間で2万人の難民を受け入れる」と発表している状態。アメリカ・オーストラリアでも受け入れを表明している数は1万人です。なお、日本がこれまでに受け入れた難民の数は3人です。
ゆっくりと、世界中の国が難民受け入れに前向きな姿勢を見せていますが、充分ではないことも事実。
「難民は、ほとんど私たちと変わりない人たちです」
国が前向きに受け入れて、社会に取り込むことができれば、多くの利益を生む可能性もあるわけですが、「無視すれば、何かを失うだろう」とナレーションは語ります。
誰しも、浜辺で力尽きた少年を再び見つけたくはないはずです。

via http://gigazine.net/news/20151104-european-refugee-crisis/
関連記事
ブログパーツ アクセスランキング

| 世界 | 07:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

[難民問題]各国の移民の数や内訳がワンクリックでわかる地図 はてなブックマーク - [難民問題]各国の移民の数や内訳がワンクリックでわかる地図

【難民問題】各国の移民の数や内訳がワンクリックでわかる地図が「知るきっかけ」に

・移民について知るきっかけになる地図を、国際移住機関(IOM)がインターネット上で提供。
・各国ごとに、どこから何人が移住してきているのか、またその国からどこに何人が移住していっているのかを数字で示している。
 (世界銀行が発表した2010年の数字に基づいく)
◆国際移住機関(IOM) 日本語サイト:http://www.iomjapan.org/
関連記事
[タグ] 社会 世界 難民 移民
ブログパーツ アクセスランキング

| 社会 | 02:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |