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2016年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年11月

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核兵器禁止条約=国連、交渉開始へ決議採択 日本は反対 はてなブックマーク - 核兵器禁止条約=国連、交渉開始へ決議採択 日本は反対

 国連総会第1委員会(軍縮)は27日(日本時間28日)、核兵器禁止条約に向けた交渉を2017年に開始するよう求める決議案を賛成多数で採択した。123カ国が賛成し、日本や核兵器保有国の米英仏露など38カ国が反対した。中国を含む16カ国は棄権した。同案を推進してきた非核保有国は保有国の反発を押し切り、核兵器を禁止する国際的な法的枠組み作りを目指して一歩を踏み出した。

WS001

 決議案はオーストリアやメキシコなど少なくとも57カ国が共同提案した。今年中にも総会本会議で採択される見通し。核兵器の非人道性を強調し法的に禁止する国際条約を作って、核兵器廃絶への動きの推進を図る。交渉は、来年3月27~31日と6月15日~7月7日に、ニューヨークの国連本部で実施。核兵器の開発や実験、製造、保有や使用など、具体的に何を禁じるかも討議する。国際機関や非政府組織(NGO)も参加できる。
 日本の岸田文雄外相は28日午前の記者会見で、反対理由について、北朝鮮の核・ミサイル開発の深刻化に言及しつつ、「核兵器国と非核兵器国の対立を一層助長する」と説明。ただ、交渉には積極的に参加する意向も示した。
 今回の決議が採択された背景には、米国やロシアなど核兵器保有国による核軍縮の停滞がある。この10年、核軍縮交渉の後押しを目指す一部の非核保有国は、核兵器の非人道性を強調して使用に法的な歯止めをかける「人道的アプローチ」を推進し、世界的な潮流の形成を図ってきた。こうした中、15年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で最終文書を採択できなかったことから、現状の核軍縮への取り組みに対する不満がさらに強まっていた。
 核兵器の法的禁止を目指す非核保有国の動きに対し、保有国は激しく反発。米国は、米国の「核の傘」が持つ抑止力に悪影響を及ぼすと主張。同盟国である北大西洋条約機構(NATO)諸国やアジア諸国に、採決での反対投票と交渉不参加を呼びかけた。
 一方、日本が提出した核兵器廃絶決議案も27日、賛成多数で採択された。[2016.10.28]
via http://mainichi.jp/articles/20161028/k00/00e/030/166000c

 国連総会第1委員会(軍縮)は27日、2017年に「核兵器禁止条約」の交渉を開始するとした決議を123カ国の賛成多数で採択した。核保有国の米英仏露のほか、米国の「核の傘」に入る日本など38カ国が反対、16カ国が棄権した。年内に総会本会議で採択され、正式な決議となる見通し。
 決議はオーストリアやメキシコの主導で55カ国以上が共同提案。17年3月と6~7月にニューヨークで会議を開催し、核兵器を禁止する法的文書の制定交渉に入るよう求めているほか、会議は多数決で採択する国連総会の規則で行うとしている。
 日本の佐野利男軍縮大使は「実効的に核軍縮を進めるには、核保有国と非核保有国の協力が必要。国際社会の総意が必要と主張してきたが反映されなかった」と反対に回った理由を述べた。条約交渉に参加するかどうか対応が注目される。
 一方、日本主導の核兵器廃絶決議も27日、167カ国の賛成を得て採択された。同種の決議採択は23年連続。核拡散防止条約(NPT)体制の強化を求めており、米国は賛成したが、中国とロシア、北朝鮮、シリアの4カ国が反対し、英仏など17カ国が棄権した。[2016.10.28]
via http://www.sankei.com/world/news/161028/wor1610280024-n1.html


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スペインMARCA紙が選ぶ「美しいティキ・タカゴール10選」 はてなブックマーク - スペインMARCA紙が選ぶ「美しいティキ・タカゴール10選」

■Sergio Ramos(Spain)
(2007:vs Denmark:Euro Qualifying)



■Pablo Aimar(Valencia)
(2002 :vs Liverpool :UEFA-CL)



■Jack Wilshere(Arsenal)
(2013:vs Norwich City :Premier League)



■Lionel Messi(Barcelona)
(2016:vs Roma:UEFA-CL)



■Van Nistelrooy(Real Madrid)
(2007:vs Valencia:La Liga)



■Honda Keisuke(Japan)
(2013:vs Netherlands:friendly)



■Esteban Cambiasso(Argentina)
(2006:vs Serbia Montenegro:worldcup )



■Patrick Bamford(Middlesbrough)
(2015:vsMillwall:Championship)



■Mark Overmars(Barcelona)
(2001:vs Liverpool:UEFA-CL)



■Ayoze Perez(Newcastle)
(2016:vs Ipswich:Premier League)



via http://www.marca.com/futbol/2016/10/26/5810d72a22601d30438b45ef.html
http://www.football-zone.net/archives/44135
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キリン「生茶」が販売終了寸前から再ヒットした理由 はてなブックマーク - キリン「生茶」が販売終了寸前から再ヒットした理由

2014年頃、キリンビバレッジの『生茶』ブランドは存亡の危機にあった。00年に発売してから5年間は、緑茶市場の拡大とともに販売数も右肩上がり。しかし競合の躍進もあり、売上は最盛期の半分にまで落ちていたのだ。ここで、マーケティング担当者が考えた「秘策」とは?

■シェア20%の大ヒット商品だったが発売5年後には飽きられた
 ブランドは、企業の「資産」だ。トヨタ、ベンツ、資生堂などは、社名を聞くだけで企業姿勢や、商品の強み、クオリティが思い浮かぶ。この状況になるまで、上記の企業はどれだけの実績をあげ、広告費を使っただろう?
 もちろん、商品も同じだ。
  キリンの『生茶』ブランドは2000年に誕生した。CMに女優の松嶋菜々子さんを起用し、お茶カテゴリーのシェアトップだった伊藤園『おーいお茶』を猛追した。現在『生茶』ブランドを担当する菅谷恵子氏が「当時の担当者から聞いた話ですが」と誕生秘話を明かす。
 「生チョコレート、生ビールなど、日本人は『生』という言葉にいいイメージを持っています。そこで『お茶にも生があればどうだろう?』と考えたのがブランド名の由来です」
 このコンセプトに基づき、キリンビバレッジは緑茶の研究を重ねた。お茶を高温で淹れると、カテキンという苦みの成分が出る。一方、低温の場合、カテキンの溶出が抑えられ、テアニンをはじめとするアミノ酸の味――すなわち旨みや甘みが際立った味になる。
 そこで、キリンは最適な温度を59度と定め、お茶を抽出した。また抽出の工程で、乾燥させたり、火を通したりする前の「生茶葉」を使い、少し青々しい香りを加えた。その後、「生」という言葉が受け入れられ、同時に「甘い/旨みがある」という特徴も認知されて、『生茶』はカテゴリシェア20%を超える商品にまで成長した。
 しかし、ブランド力は必ず衰退していく。例えばiPhoneが登場したばかりの頃は、持っていると「洗練された人」「新しい物が好きな人」というオーラをまとえたものだ。だが、あまり斬新さを感じさせない進化が続けば、すぐ「日用品」になってしまう。『生茶』も同じだった。

WS001

「2005年をピークに売上は微減を続けました。次第に『薄い』という評価が目立つようになり、飲むシーンを調べても『喉の渇きを癒やす』という回答が増え、『緑茶の味を楽しむ』といった評価は減っていったんです」
 お茶を選ぶ時「どうしても『生茶』がいい」という強いモチベーションを持ってもらえなくなっていたのだ。要するに、飽きられてきたということだ。

■ついに訪れた存亡の危機「ライバル研究では打破できない」
 多くのブランドが「定番化」を目指す。しかし、そのあとは「飽きられる」こととの戦いが待っている。その後『生茶』はリニューアルを繰り返した。毎年のようにパッケージを変え、たびたび『濃い生茶』や『玉露入り』のような派生商品も出した。
 しかし、すべての派生商品が売れたわけではなかった。なかにはお茶の炭酸『スパークリング』など思うように販売数が伸びなかったものもあったのだ。こうして微減傾向が続く中、サントリーの『伊右衛門』、日本コカ・コーラの『綾鷹』といった競合が現れた。
 この状況が数年続き、どうすれば打開できるのか、という場面でブランドリーダーに就任したのが菅谷氏だった。
 彼女は16年の戦略を練るにあたって「そもそも『生茶』ブランドを存続すべきか否か」という議論を重ねた。いっそブランドを解体してしまえば、まったく新しいコンセプトで商品開発ができるのだ。
 だが、全国の営業担当に聞くと、その多くが「存続すべき」という答えを返してきた。飽きられてきたとは言っても、15年の時点で年間約1800万ケース売っていたブランドだ。やはり、キリンの「資産」には違いなかったのだ。
 ブランドという名の「資産」は捨てられない。だが、このままではジリ貧。そんな場合、どんな施策をとればブランドは復活するのか。ここで菅谷氏が興味深いことを話す。
「私見ですが、私は『競合を見てはいけない』と思っています」
 仮に小学館であれば、競合と言えば講談社を真っ先に思い浮かべるだろう。だが出版業界の真のライバルは、電車通勤・通学時間や夜寝る前の時間を奪っていった「スマホのゲームや動画」なのではないか?トヨタ自動車のライバルは、日産ではなく、自動運転車プロジェクトを急ピッチで進めるGoogleなのではないか?菅谷氏が話を続ける。
「競合関係に目を奪われると、現状を追認し、少し変える程度の進化しか実現できません。では、どうすればいいか…。その答えは“商品を歴史の中で捉えなおす”ことだと、私は思います」
 彼女はまず、緑茶の歴史を調べたという。平安時代、お茶は遣唐使が持ち帰ってきて、貴族や僧侶が楽しむ高級品だった。その後、安土桃山時代に千利休が文化にまで高め、明治期になると、特別な時間に飲むものとして一般に普及し始めた。そして昭和後期にペットボトル飲料になり、最近は「急須でお茶を淹れたことがない」世代も増えた。
 では、次は?
「技術力を活かし、ご自宅の急須では淹れられない『お茶』をつくれないか?と思ったんです」

■淹れ方、茶葉の破砕方法… 「お茶の歴史を進化させる」ほどに研究した
 緑茶の茶葉は、蒸して、揉んで、乾燥させてつくる。だが、もっとこの文化には深みがあった。例えば『かぶせ茶』。お茶の新芽を育てる時、日光を1週間ほどさえぎることで、うまみの成分を多く含んだ濃い緑茶の茶葉になる。ほかにも、抹茶のように、茶葉を石臼等で細かく粉砕する手法もある。
 そこで、様々な淹れ方を試す中で、「生茶葉に圧力をかけ、旨みを抽出する手法」にたどり着いた。お茶の味に青々とした深みが加わるのだ。確かに、家庭では実現できない淹れ方だ。長い年月をかけて日本人が培ってきたお茶の文化には、深みがある。しかし、進化はここで終わり、というわけではない。「こう淹れるとおいしい」という技術はもっと発展してもいい。
「ほかに、粉砕した茶葉を使う手法も取り入れました。ただし、これが奥が深く、粉砕する茶葉の種類はもちろん、粒の細かさによっても味は異なるのです。また、粒の大きさが揃っていると、味がよくなることもわかりました」(菅谷氏)
 そこで同社は、茶葉を粉砕するにあたって硬いボールを使う『セラミックボールミル』にするか、空気圧を使う『ジェットミル』にするかなど、機械的な研究までした。確かにこれは「お茶の歴史を進化させる研究」と言えるはずだ。
 こうして研究を重ねると、少し不便なお茶ができた。ミクロン単位にまで粉砕した茶葉が入っているため、うっすら濁っているのだ。また、粉砕した茶葉が沈殿するため、飲む前に振ったほうがおいしい。これではお客に一手間かけさせることになるが、「私は『これでいい』と感じました。なぜなら、ブランドには『背景』が必要だからです」(菅谷氏)
 人間も同じで、ふとした仕草やこだわり、言葉遣いによって、人柄が伝わることがある。これはむしろ商品の理解を促進するチャンスでもあったのだ。
 こうして、パッケージも変更し、新しい『生茶』を世に出すと、このコンセプトは広く受け入れられた。3月にリニューアルしてから2ヵ月で500万ケースを突破。前年のリニューアル2ヵ月後と比較をすると、約9割も増加した。年間販売目標も2500万ケースに上方修正。発売後、消費者調査を実施すると「生茶の味を楽しみたい」という声が一気に増え、今もシェアは順調に伸びている。

20160318kirinnamacha2

 ブランドは企業の資産だ。だが、それはパッケージやCMのリニューアルなど、薄っぺらい活動で築けるものではない。まず、お茶ならお茶の「歴史を創る」くらいの覚悟が必要だ。同時に、研究したことを「伝える」のはもちろん、「伝わってしまう」ほどのつくりにすることで、消費者はやっと、商品に振り向いてくれるのだ。
via http://diamond.jp/articles/-/105945


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[映画] 『君の名は。』:「ハウル」超え、興収199億円超え、邦画歴代2位に はてなブックマーク - [映画] 『君の名は。』:「ハウル」超え、興収199億円超え、邦画歴代2位に

811330[1]
 アニメ映画「君の名は。」の興行収入が4日に199億5千万円に達し、2004年に公開された「ハウルの動く城」の196億円を抜き、歴代邦画2位に浮上したことが5日わかった。配給会社の東宝が明らかにした。残るは首位の「千と千尋の神隠し」(2001年公開、308億円)があるだけとなった。
 日本映画の歴代興行収入は、「千と千尋」「ハウル」「もののけ姫」(1997年公開、193億円)とスタジオジブリの宮崎駿監督作品がトップ3を2004年以来、12年間にわたって独占してきたが、これでジブリ3強のうち2本までが崩された。
 「君の名は。」は、原作、脚本ともに新海誠監督による劇場用アニメ映画。今年8月26日に公開され、学生を中心に大ヒットした。公開前からヒットは期待されていたが、ここまでとは予想されていなかった。
 洋画を含めると、歴代2位は「タイタニック」で262億円、3位は「アナと雪の女王」で254億円余。4位は「ハリー・ポッターと賢者の石」で203億円。5位が「君の名は。」となった。4位との差は3億円余りなので、これも年内の射程距離につけた。
 その上のアナ雪を抜けるかどうかか焦点となる。東宝ではいぜん好調な動員が続いていることから、「君の名は。」の興行を越年することを決めている。
via http://www.sankei.com/economy/news/161205/ecn1612050016-n1.html

・『君の名は。』:興収164億円で「ポニョ」「アバター」超え 邦画歴代5位
 大ヒット中の劇場版アニメ「君の名は。」(新海誠監督)の累計興行収入が、8月26日の公開から10月23日(24日付)で、164億円を突破したことが24日、明らかになった。「崖の上のポニョ」(2008年、宮崎駿監督)が記録した155億円、「アバター」(2009年、ジェームズ・キャメロン監督)の156億円を超え、邦画の歴代興行収入ランキングで5位、全体でも9位に入った。
 59日間での累計興行収入は約164億1000万円、累計動員数は1260万8655人で、22、23日の映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)では9週連続で首位を獲得している。
 「君の名は。」は、1000年ぶりとなる彗星(すいせい)の来訪を1カ月後に控えた日本を舞台に、山深い田舎町に暮らす女子高生・三葉と東京で暮らす男子高生の瀧が、入れ替わってしまう……というストーリー。主人公・瀧を俳優の神木隆之介さん、ヒロイン・三葉の声を女優の上白石萌音さんが演じており、声優として長澤まさみさん、谷花音さん、市原悦子さんらも出演している。[2016.10.24]
via http://mantan-web.jp/2016/10/24/20161024dog00m200028000c.html

■日本の歴代興行収入ランキング
・1位:「千と千尋の神隠し」308億円
・2位:「タイタニック」262億円
・3位:「アナと雪の女王」254億円
・4位:「ハリー・ポッターと賢者の石」203億円
・5位:「君の名は。」200億円
・6位:「ハウルの動く城」196億円
・7位:「もののけ姫」193億円
・8位:「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」173億円
・9位:「ハリー・ポッターと秘密の部屋」173億円
・10位:「アバター」156億円
・11位:「崖の上のポニョ」155億円
(※2016.12.5時点 興行通信社より)





・映画『君の名は。』公式サイト:http://www.kiminona.com/index.html

・<君の名は。>新海監督「価値観訴える映画、作りたくない」

a[1]
 アニメ映画「君の名は。」の勢いが止まらない。興行通信社の調べで8月下旬の封切り以来、週末の観客動員数は8週連続1位、累計約1200万人超。世界89の国・地域での配給も決まった。新海誠監督(43)に、ヒットをどのようにとらえているのか聞いた。【聞き手・最上聡】(一部映画の内容に触れている部分があります)

◇アニメの受容のされ方が変わった
 --10代の若者を中心に広がっているヒットですが、特徴として観客の男女比の差が少ないという分析があります。
 新海 僕がアニメを作り始めて14年になりますが、今作で何か急に変わったという意識はありません。少しずつ時間をかけての変化がありました。(劇場3作目の)「秒速5センチメートル」(2007年公開)まで、観客はほとんど男性でした。次の「星を追う子ども」(11年公開)で女性が増えたかな、と。作品に女性が楽しめる要素があったのかもしれませんが、(本作で瀧役を務めた)神木隆之介さん(23)から(人気ライトノベル原作のテレビアニメ)「涼宮ハルヒの憂鬱」(06年放送)でアニメに入った(関心を持った)という話を聞くと、このころ日本でのアニメの受容のされ方が変わった感があります。カジュアルになり、男性だけのものでなくなったのでは。(前作の)「言の葉の庭」(13年公開)で、女性がずいぶん多いな、と。今作「君の名は。」で半々といった感です。

 --娯楽多様化の昨今、これだけ若者にお金を払い映画館に行ってもらうのは大変なことです。若者の気持ちをどのようにとらえるのでしょう。
 新海 先日、テレビ番組に出演したとき、女子高生からも「なんで40代のオジサンが私たちの気持ちが分かるの?」という、若干失礼な質問を受けました(笑い)。若者を取材したわけでもなく、「本当のリアル」が描けてはいないと思います。しかし、10代の若者の「本当のリアル」が存在するのか、あっても40代とどれほど違うのか。僕は10代のころ苦しかったことは、濃度は薄れても今も苦しいし、強烈にあこがれたものは、手に入らずとも今もまぶしいものだと思います。「なんで?」と尋ねた彼女たちも、突然大人に切り替わるのでなく、グラデーションで私たちに続いている。世代差や性別差より、一人一人の人間の違いの方が大きい。差を考えても仕方ないと思います。

 --公開前、観客に「サービス」を提供したいとの話をしていました。どう「見る人」の目を意識しますか。
 新海 今作に限らず、観客の気持ちは、頭と紙の上ではありますが、徹底的にシミュレーションします。退屈しないだろうか、目の前の出来事が理解できなくても、興味は持ち続けてくれるだろうか。自身がクリアすべき水準を超えればいいという作り方ではなく、どう伝わるか、どう伝えるかを意識しています。特に今回、脚本に重きを置き、プロデュースチームとの会議で半年かけて改良しました。脚本の先の絵コンテを作る作業は一人でしましたが、一人で作業しながらも考え続けました。

 --これまで作品を見てきて「作りたいものを作る」という印象でしたので、意外です。
 新海 (劇場1作目の)「ほしのこえ」(02年公開)から、もちろん自身の創作欲求を満足させたい気持ちもありますが、この人に見てほしい、自分の知っている人に直接感動してほしいというところから、顔の見えない観客にも届くようにと広がりましたが、「誰かに届けたい」という気持ちは変わりません。毎回反省はあります。思ったより届かなかった、思うように届かなかったと。例えば「秒速」は、慰められたと言ってくれる人もいる一方、「ショックを受けた。2回見られない」という人もいた。ちまたで「鬱アニメ」と言われたりもし、もちろん作品から強い何かを感じ取ってもらえたなら良いのですが、私自身はもう少し前向きなものを届けたいと思っていました。14年間試行錯誤しつつ、「星を追う子ども」でも「言の葉の庭」でも制作中毎週、脚本について周囲の意見は聞いてきたのですが、今回方向性の強いプロデューサーの川村元気さんを中心に、これまで以上に徹底して意見を聞くことをしました。根本は変わりませんが、これまで実現しきれなかったことができた。今の僕の最新のやり方が今回のやり方です。

 --「君の名は。」は自身で小説も執筆していますが、これまでと違い、簡明に書いていますね。
 新海 意図的に変え、ライトノベルのレーベルのつもりで書きました。どこまでできているか分かりませんが、文体は意識的に使い分けています。「言の葉の庭」の小説を1年近くかけ、執筆した経験が大きいです。文字表現、物語を紡ぐ自信を得ることができました。「言の葉の庭」は章ごと語り手を変えているのですが、文体や人称が自身の中で操れるようになりました。「言の葉の庭」の1章に高校生の相沢の視点で書かれたものがありますが、今回の「君の名は。」はそのノリでやってみようと。

◇長編の尺を初めて制御しきれた
 --私は新海監督のこれまでの作品では、どちらかと言えば短編・中編の方が好きでした。今回、「君の名は。」は長編ということで、どうなるか注目していたところです。短編と長編について、どう考えていますか。
 新海 僕は村上春樹は短編、長編とも好きですが、繰り返し読むのは短編です。僕の作品で短編が好きな人も長編が好きな人もいるでしょうが、毎回、前作を踏まえた反省で、短編の後は長編、長編の後は短編、中編と制作してきました。「ほしのこえ」をつくって次は長編をと「雲のむこう、約束の場所」(04年公開)をつくり、全編をコントロール仕切れなかった反省から「秒速」をつくり、できたので「星を追う子ども」をつくり、その反省で中編の「言の葉の庭」をつくり……と。長編の「君の名は。」は、その後の小説やCM制作の経験を生かして、僕のキャリアの中では、ある程度思い通りに作れました。ですので次は短編という気持ちはありません。今回、長編の尺を初めて制御しきれた気がします。「雲のむこう、約束の場所」「星を追う子ども」は2時間を把握しきれず、「この部分の接続がうまくいっていないが、今更戻れない」といったことがありましたので。観客の受け止めは別でしょうが、今回はもう一度長編をやりたい気持ちが強いです。今ならできる、と。

 --頼もしい言葉がありましたが、これまでずっと「男女のすれ違い」をテーマに作品を作ってきましたが、ほかのテーマを作るのか、あるいはもっと深める道があるのでしょうか。
 新海 観客が僕に何を期待してくれているのか、ということがあります。「言の葉の庭」の観客は約10万人で、今作は1000万人超、100倍に膨れあがりました。多くの人にとって「君の名は。」の新海誠だと思います。若い少年少女のドラマの結びつきを期待し、もう1回見たい。そんな人が大多数なら、もう1回やるべきだと思うのと同時に、「自分にはこれしかできない」という作家性の核があるかなという思いもあります。しかし、先に言った「言の葉の庭」の小説を書いて、僕も違うことができるのだという思いも出てきました。章ごと短編の体をとっている小説ですが、章によっては母親視点で書いてみるなど、必ずしも恋愛が軸になっていません。手応えがあったので、男女の関係性以外に自身の中で掘るべきテーマがあって、何を広げていくか、今まさに考えているところです。まだ空手形ですが、何か違うことができるような気もします。

 --「君の名は。」に物語については、何を削ったかの方が興味深くあります。加納新太さんの本(「君の名は。Another Side:Earthbound」=本編のサイドストーリーを描いた小説)では、三葉の父親の章が興味深かったです。新海さんは、こんな話を描きたかったのではと思っていたら、元々脚本に入っていた話ではないとありました。
 新海 映画が終わってから忙しく、実は加納さんの本は、読めていないのです。自分の作品の本を読む余裕がない(笑い)。「星を追う子ども」で妻を亡くした夫の話を描いていて、今回の父もそうなのですが、そこを描こうとは思っていなかった。もちろん、映画をつくる上でぼんやりと背景のイメージはありましたが。それを加納さんは膨らませ、肉付けしてくれたのだと思います。妻を亡くした特殊能力を持たない男は、三葉たちより僕たちの現実により近い。モチーフへの興味はありますが、観客が何を見たいのかを同時に考えるわけです。いろいろな意見がありました。父をもっと掘り下げた方がいいとか、三葉と瀧が恋に落ちる瞬間もっとを描くべきだ……などと。しかし、捨てていきました。つじつまを合わせるのが映画の目的ではありません。限られた107分間で、面白かったと映画館を出てもらう必要があります。捨てた部分に大事なものがあったかもという指摘はあり、次回のタネがそこに眠っているかも知れませんが、今回は捨てるべくして捨てたと思います。

 --例えば映画ではクライマックス、三葉の父がなぜ訴えを聞き入れたかの理由などが劇中、説明されていません。
 新海 あの場面も、説得を描いても面白さに寄与しないと思います。果たして三葉が助かるか、助からないかという観客の関心をそいでしまう。この映画は、三葉と瀧の気持ちを描きました。映画の時間軸は寄り添い、手を離さないよう作らねばと思いました。制作中迷ったのは瀧は三葉だけでなく、街の人々全体を助ける話だから、どこかで街を救うモードにならなくてはという点でした。そうしないと倫理的、道徳的に成り立たないと思った時期もありました。しかし、そうではないとギアを戻しました。結果的に皆救えたし、瀧は三葉以外の人のことを考えていないわけではない。しかし10代の恋心、相手を知りたくて必死に手を伸ばす。ようやくたどり着いたのに相手が消えてしまい、もっと強い気持ちで……というものと違う動機を映画に入れるのはよくない。映画の一要素として社会を描くのは必要ですが、高校生が急にスーパーマンになって「社会派」になってしまったらおかしいので「お父さん」が必要なわけです。映画の中で何を大事に扱うか。「君の名は。」は、瀧と三葉、2人の気持ちから手を離さないようにしようと作りました。もちろん、いろいろな人がいろいろな見方をしますから、これだけ公開から週がたちますと、「ここが足りない」など、いろいろな意見が聞こえてきますが。

 --以前からの新海監督のファンという人など、どんな感想が耳に入ってきていますか。
 新海 漠然とですがネットでツイッターやブログを見てみると、以前の作品とあまり変わらない感覚が強いです。かつて村上春樹がエッセーで「10万部売れていたころは世界の人から愛されていたが、『ノルウェイの森』で100万部売れるようになって世界中から憎まれたまらなく寂しくなった」と書いていたのが印象的です。僕は村上春樹とは立場も違いますが、100倍に観客数が増えたことで観客との距離感が変わったかと言えば、驚くほど熱量は変わっていません。「言の葉の庭」は「10万部」の作品ですが愛され、支持されているようには見えませんでした。インターネットが広まって以降に作品を送り出していますから、東京・下北沢で「ほしのこえ」を数千人に見てもらったころから、罵詈雑言(ばりぞうごん)と称賛がむき出しでネットにありました。その状態は、今も変わりません。

 --比較的に納得の作品になったようですが、当然ながらできなかった、うまくいかなかった部分はありますよね
 新海 個人的に追求したかった部分があるのですが、観客への届き方を見ていると、それが観客にとって大事だったのかという思いもあります。特にきちんとやりたかったのは技術的な部分、色彩設計など画面の作り込みです。アニメーターともっとコミュニケーションをとり、画面をもっと良いものにできたのでは、と。できなかったのは時間的制約だったり、僕より先輩のアニメーターを前にしての経験不足だった部分です。これまで作品では色彩設計を徹底的にすべて自分でやっていたのですが。もちろん、今作のそれが悪いわけではありません。現在、あるCM映像を制作していますが、それは今までのように自分の理想の画面を作り込みたいと思っています。しかし今回の観客数が100倍に跳ね上がった結果を見ますと、自分の満足する画面作りと、観客の満足とはあまり関係ないのではないかと(笑い)。少なくとも現在求められているのは物語だったり、語り口のテンポだったり、スピード感だったのかなと思います。あるいは、自分の本当の武器はそこかもしれないと気付かされました。やりきれなかった部分をどう考えるかは、自分の中でも整理できていません。

◇「誰かに届けたい」という気持ちは変わらない
 --作家性の強いこだわりの強い方だと思われていますよね。
 新海 以前の対談でも「新海さんは全部思い通りになるんでしょ」と言われまして(笑い)。外からはそう見えるのか、と。実際は伝えるべきコアがあれば、後はお任せしますというタイプだと思います。初め自主製作でアニメ作りを始めたので、全部自分でやりたいという人だという印象が強いのかもしれませんが。絵に関しても、自分より1万倍うまい人が業界にはたくさんいます。

 --個人的に、新海監督作品には少女漫画の文法を感じるところがあるのですが、どうでしょうか。
 新海 読まないわけではないですが。例えば私の作品に父性主義、父権主義はないと思います。そんな意味で、女性作家の小説の方が好きなものが多いのかもしれません。父が権威を大事にする人で、男はこうあるべき、人生はこうあるべき、と「あるべき」を言う親で、良い影響も、良くない影響も受けているかと思いますが、それに対する反発もずっとあり、説教されるのが嫌いです。ですから批評家に映画はこうあるべき、と言われるのが大変腹立たしい(笑い)。ある種の映画は強い主張で作られて、そういった作品もあるべきですが、「少年少女はこう育つべき、こんな環境が人間にいい」といった誰かに価値観を強く言う映画は作りたくありません。どんな選択肢があるか、選択肢で迷うような存在は描きたいと思います。
via http://mainichi.jp/articles/20161020/k00/00m/040/119000c

◆「話題にしてくれた皆さんのおかげ」 映画館がない聖地・飛騨で「君の名は。」上映会

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 https://www.buzzfeed.com/harunayamazaki/hida-kiminonaha-2?utm_term=.ttpgGxxwR#.mq8LOjjDr

・「飛騨古川駅」
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・「気多若宮神社」
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・「君の名は。」、聖地で初上映 映画館なく、地元が要望
 人気アニメーション映画「君の名は。」(新海誠監督)の上映会が6日、岐阜県飛騨市であった。実在する場所が作品中に登場し、「聖地巡礼」のファンでにぎわう飛騨市だが、映画館がなく、これまで地元では見られなかった。
 市文化交流センターで3回上映され、各回とも650人が鑑賞した。冒頭には、「映画館がないとは知りませんでした。今日は皆さんに見てもらえてうれしいです」という新海監督のビデオメッセージも紹介された。
 チケットは10月23日の発売開始後、2時間足らずで完売するほどの人気ぶり。飛騨市古川町の坂下裕美さん(39)は「夫と長男は富山市で見たけど私は初めて。うわさ通り、わが家近くの駅もそのまんま描かれていました」と話した。
 岐阜県北部の飛騨地方には、高山市の映画館が廃業した2014年から映画館がない。「ふるさとが描かれた人気映画を地元で見たい」という要望を受けた市が、配給元の東宝と交渉して実現した。
 「君の名は。」は8月から全国公開された。飛騨市の「聖地」には、今も多くのファンが訪れる。飛騨市図書館の西倉幸子館長によると、10月の週末には約500人が訪れて館内を撮影する日もあり、10月の入館者は前年同月比で9割増だった。[2016.11.06]
via http://www.asahi.com/articles/ASJC656XJJC6OHGB00N.html


・映画だけじゃない!『君の名は。』原作小説が売れまくっている!
 http://matome.naver.jp/odai/2147722212213401201

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・現実世界そのまま!『君の名は。』の聖地巡礼スポットをまとめてみた
 https://www.buzzfeed.com/shunsukemori/yournamelocations?utm_term=.yig2kOOeG#.kwlKgPP9D

◆『君の名は。』ロングヒット!新海誠の魅力はそれだけじゃない! 秒速5センチメートル、言の葉の庭… 胸を切なくさせる感動の4作品
・新海誠の原点! 商業デビュー作『ほしのこえ』
・二つの彷徨う恋心の行方は…『秒速5センチメートル』
・雨と緑に彩られたひと夏の青春物語『言の葉の庭』
・“さよなら”を言うための旅『星を追う子ども』
via http://ddnavi.com/news/343883/a/

・こりゃヒットするわ…「君の名は。」の神対応がステキすぎ!
 http://matome.naver.jp/odai/2147849903285437601

◆君の名は! 興行収入上位3作品の作画監督が同一人物という事実(1位の「千と千尋の神隠し」、2位の「君の名は。」、4位の「もののけ姫」) /
アニメーター安藤雅司氏
 http://buzz-plus.com/article/2016/12/06/masashi-ando-animator-kiminonaha/

◆黒板アートで「君の名は。」 美術講師がチョークで再現
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 興行収入が206億円に達した大人気のアニメ映画「君の名は。」。その宣伝用カットをチョークで忠実に描き、ネット上で話題となっている先生が奈良県にいる。美術を、ひいては学校を生徒たちに好きになってほしい。そんな思いで黒板に向かっているという。
 先生は奈良県立郡山高校(同県大和郡山市)の美術講師、浜崎祐貴(ひろたか)さん(31)。
 青空の下、階段に立つ制服姿の男女。黒板アートで仕上げた「君の名は。」は、色を重ね、線の密度を変えて微妙な色まで表現した。生徒から「9月の文化祭用に描いて」と要望され、3日で完成させた。
 ログイン前の続き作品をツイッターの自分のアカウントに投稿すると「クオリティー高すぎ!」「学生時代にこんな先生に会いたかった」と評判が広がった。6万3千リツイートされ、お気に入り登録数は10万を超えている。
 浜崎さんは奈良県香芝市で育った。大阪芸大を卒業後、食品会社などでパッケージデザインなどを担当した後、25歳で奈良県内の中学校の美術講師になった。昔から美術の先生になりたいと思っていた。黒板アートに取り組むきっかけは、以前の教え子から送られてきたLINE(ライン)だった。
 郡山高に赴任した2014年11月、教え子が突然、黒板に模写したピカソのゲルニカの写真を送ってきたのだ。おそらくはただの思いつきだったのだろう。だが、自分でも実際に描いてみると、これを見た美術部員が「やばい!」。それ以来、生徒の目を引きつけ、授業に興味を持ってもらうため、美術室の黒板にレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐(ばんさん)」や葛飾北斎の「富嶽(ふがく)三十六景」などの作品を描いてきた。
 「作品」は仕上がった当日のうちに消してしまうこともある。「消すところまで含めて黒板アート。そのはかなさも魅力なんやと思ってます」
 美術部の顧問は着任当初から務めている。元気がなかったり、打ち込むことが見つかっていなかったりする生徒は放っておけず、入部を勧めてきた。5人だった部員は、浜崎さんの勧誘もあり、いつのまにか28人にもなった。
 2年の丹羽慶輔さん(16)も浜崎先生に誘われた一人。柔道部員だったが1年の秋にけがで退部し、学校に行く意味を見失いかけていた時に声をかけられたという。「人とよくしゃべるようになったのも、今、学校が楽しいのも、先生のおかげやなって思う」
 浜崎さん自身、中学3年の時に学校を休みがちになった経験がある。父親を亡くし、バスケットボールもけがでやめた。いろいろなことが重なり、「しんどくなってしまった」。
 それでも「学校に行かなきゃ」と思った時、足が向くのは決まって美術の授業がある木曜日だった。担当していたのは「自称二十歳」の女性の先生。絵や工作は得意ではなかったが、会えるのが楽しみだった。板書はギャル文字風。浜崎さんを「はまちゃん」と親しみを込めて呼び、話すと心が楽になった。
 進路についても、美術科のある高校をあげて「はまちゃんやったら、この学校やな」とアドバイスしてくれた。全然先生っぽくなかったが、そのせいか何でも話せた。こんな大人に自分もなりたいと思った。
 今でも美術の先生として思い描く理想像は彼女の姿だ。黒板アートを通じ、少しでも近づきたいと願っている。
 美術部員にも今春初めて開かれた「日学・黒板アート甲子園」(主催・日学)への参加を勧めた。「美術ってふだんは個人プレー。みんなで一つのことに挑戦してみてほしかったんです」
 当時の17人の部員全員が黒板に向かう自分たちの背中を描いた。地元の名産でもある「金魚」をテーマに部員たちが構想を練っているところで、試行錯誤を重ねている様子を忠実に表現した。
 結果は、全国97校157点中、2位にあたる優秀賞。地域色を存分に生かし、カラフルな色彩も高評価だった。何より、チームワークの良さや仲間たちと楽しみながら描いている情景が浮かび上がってくるという点で高校生らしい良作とされた。
 黒板アートのおかげで、浜崎さんは校外でも話しかけられたり、イラストを頼まれたりする機会が増えた。しかし、浜崎さんは「芸術やないんです」と話す。黒板アートは、あくまでも美術を好きになってもらうきっかけに過ぎないという。「最終的に学校が楽しいと思ってもらえたら、最高なんですけどね」
 via http://digital.asahi.com/articles/ASJDH6JVPJDHPOMB010.html?rm=259

・浜崎祐貴さん:TwitterInstagram


◆『君の名は。』新海誠監督が語る 「2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきた」
アニメ映画『君の名は。』は、社会現象とも言えるほどの大ヒットとなった。2016年8月の公開後、国内の興行収入は200億円を突破し、邦画では歴代2位。観客動員数は1500万人を超えた。海外でも92カ国・地域での配給が決定。アカデミー賞の前哨戦とも言われるロサンゼルス映画批評家協会のアニメ映画賞にも輝いている。
『君の名は。』を手がけた新海誠(しんかい・まこと)監督を「ポスト宮崎駿」と評する声もある。『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』など思春期の男女を描くことに定評があり、熱心なファンはいたが、興行収入は『言の葉の庭』の1億3000万円が最高。大ヒット作は、なかった。
今回は、高校生の男女の精神が入れ替わるという、大林信彦監督の『転校生』を彷彿とさせるラブストーリー。ロックバンド「RADWIMPS(ラッドウィンプス)」の劇中歌も評判になり、これまでの新海ファンだけでなく多くの人々が映画館に足を運んだ。
ハフィントンポストは東宝本社で新海監督にインタビューした。『君の名は。』が空前のヒットになったことを監督自身はどう見ているのか。この映画を通して何を訴えたかったのか。2011年の東日本大震災で新海誠監督の「心の在り方」が変わったこと。その影響を受けて生まれた作品だったことを、改めて明らかにした。

■「僕たち日本人は『もしも自分があなただったら…』と常に考えるようになった」
――興行収入200億円という空前のヒットになりました。新海監督ご自身、こうなることを予想していましたか?

いえいえ、僕も全く予想していませんでした。配給会社の東宝ですら予想していなかったと思いますね。

――これだけ多くの人が映画館に足を運んだ理由は何でしょう?

もちろん1つの原因だけじゃなくて、いくつも挙げることはできると思います。RADWIMPSが手がけた音楽の存在も大きかったし、映画のビジュアルの力も大きかった。田中将賀さんのキャラクターデザイン、作画監督の安藤雅司さんのアニメーション、あるいは背景美術チームの美しい背景画の力があったと思います。

それでも特に1つ挙げるんだとしたら、やはり「物語が響いた」んじゃないかと思うんです。『君の名は。』の物語は、大きく分けて2つのレイヤーがあります。

表面のレイヤーとしては、ボーイ・ミーツ・ガールです。少年と少女が出会い、少年が少女を失い、もう1度出会うという図式です。伝統的なボーイ・ミーツ・ガールのストーリーラインを踏襲しています。直球のボーイ・ミーツ・ガールへの渇望や需要が、日本の若い観客にあったんじゃないかと思います。

もう1つのレイヤーが『君の名は。』には、あります。ボーイ・ミーツ・ガールの下側にあるものは、少女が夢のお告げで人々を災害から救うという話です。2011年以降、僕たち日本人は「もしも自分があなただったら…」と常に考えるようになったと思うんです。言い換えれば、今の自分とは違う自分があったかもしれないという感覚です。「もしも自分があのとき、あの場所にいたら」とか、「もしも明日、東京に大きな災害が起きたら…」とか。それは、思いやりが深くなったというよりは、常にそうなる可能性があるということを突きつけられて、意識下に染みついてしまったという印象です。

『君の名は。』は、男女の入れ替わりで始まります。ヒロインの宮水三葉(みやみず・みつは)が、東京の男の子になるコミカルな話ですが、最終的には東京の立花瀧(たちばな・たき)が「もしも自分が、消えてしまったあの町に住んでいたら…」と考える物語に変わります。僕たちが2011年以降にずっと想像していた「もしも私があなただったら…」という想像力が、そのまま映画の中にあります。それが無意識のうちに、たくさんの日本人の観客にリンクしたのかもしれない、と思っています。

――最終的に、三葉は災害から救われます。新海監督は「災害からの救済」を描きたかったのでしょうか?

そうではありません。しかし、観客を「幸せな気持ちにしたい」という思いは、単純にありました。「映画館を幸せな気持ちで出てもらえる映画にしよう」と。ただ、『君の名は。』という物語で一番重要なのは、エンディング以前のところまで。瀧は三葉を救うことができた。「もしも私があなただったら」と考える過程を経て、「私はあなたを救った」という場所まで辿り着けた。そこで、災害をめぐる物語としては完結しています。

でもそれは、本作では物語の下のレイヤーに過ぎないんです。いわば無意識の部分。上のレイヤーには、ロマンチックなボーイ・ミーツ・ガールの図式がある。やっぱり最後にもう一度、少女に出会わなければいけない。そうじゃないと本当の意味で物語は終わらないから、瀧と三葉が最後に再会することは最初から決まっていました。僕は、それ以外の終わり方はまったく考えていませんでした。

■3.11以後は「生を獲得する物語にしなければいけない気がした」
――新海監督の作品では『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』など、離ればなれになった男女はそのままであるパターンが多かったと思います。『君の名は。』では、なぜハッピーエンドにしたんですか?

もちろん僕自身が年を取って変わった部分もあるとは思います。でも、やはり大震災が起きた2011年が、大きなきっかけだった気がします。2011年以前、僕たちは何となく「日本社会は、このまま続いていく」と思っていました。もちろん、人口が減って経済規模も縮小していくなど、少しずつ社会が衰退していく予感はあったとは思います。でも、さほど起伏のない「変わらない日常」がこの先ずっと続くんだという感覚がありました。

そういう世界で生きるためには、変わらない日常から意味を引き出すことが必要でした。コンビニでもいいし、遅れてしまう電車でもいい。些細なところから、生きていくために必要な慈しみや、豊かな意味を引き出していくことが重要だったように思います。

そういった空気感の中では「初恋の相手を再び獲得して幸せになった」という起伏のある物語よりは「初恋の相手を失っても生きていく」という、喪失から意味を引き出す生き様を、映画で描くことが必要だと僕は感じていました。でも2011年以降、その前提が崩れてしまったように思います。

町は、いつまでも町のままではない。いつかは無くなってしまう。劇中で瀧が入社面接で言った「東京だって、いつ消えてしまうか分からない」という台詞の通りです。そういう感覚の中で僕たちは生きるようになった。そこで描く物語は、今回のように決して諦めずに走っていき、最後に生を獲得する物語にしなければいけない気がしたんです。やっぱり2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきたような気がします。

――それは時代の空気感もそうだし、新海監督の心情もそうなってきたと?

そうですね。僕自身もたぶんそうだと思います。

――ちなみにこの企画が始まったのは、東日本大震災の前ですか?後ですか?

後です。東宝に最初の企画書を出したのが2014年の7月です。6月ぐらいに2週間ぐらいで書き上げました。

――震災のことは最初から念頭にありましたか?

この企画書の中で、すでに周期性の災害をもたらすものとして彗星を出しています。そして、地震も周期性の強い現象です。2011年以降、日本人の多くは「僕らは周期的に揺れる地面の上に住んでいる」ということを思い出したはずです。本作は「震災をモチーフにした映画を作ろう」という考えではありませんでしたが、2011年以降に発想した物語として、人が住んでいる場所に周期的に何かをもたらしてしまうものを物語に入れ込もうというのは、自然な成り行きだったのだと思います。

――自然な発想として、災害の後に生を掴む話になっていったということですね。

そうですね。もうそこは本当に感覚的なものでした。なかなかうまく言語化できないんですが、2014年の時点で「これから作る物語はこういうものだ」という強い感覚がありました。内容の迷いはなかったんです。細かなディテールはそこから1年かけて、迷って迷って組み立てていきました。でも根本のプロットは、最初に発想した企画書から変わってないですね。

■「相手が瀧である必然性はない方がいいと思った」
――先ほどのボーイ・ミーツ・ガールの件の話に戻ります。『君の名は。』は、離れ離れになった男女が再会します。「運命の人との出会い」を描いてるようにも見えますが、監督ご自身は「運命的な出会い」を信じますか?

僕自身は信じないほうです。でも、たとえばRADWIMPSの野田洋次郎さんや、(瀧の声を充てた)神木隆之介君、(三葉の声を充てた)上白石萌音ちゃんと話していると、3人とも「信じている」と言っていましたね。

それは仕事の差なのかもしれないですけど……。僕は基本的に人生で起きることって、コントロールできない偶然の積み重ねの要素が大きいと思うんですよね。誰かとの出会いにしても、僕が東京に来なければ起きないことだったし、東京に来なければアニメーションも作らなかったかもしれない。1つ違う選択をしただけで、人生はまったく違ったものになる。

「だからこそ決まっていたんだ」という解釈をする人もいるかもしれませんが、僕は決まっていたというよりは、偶然出会ったみたいな感じ方をしますね。ただ、偶然の出会いに、あとから理由が欲しくなる気持ちも分かる気がします。「出会った理由が欲しい」と思ったときに、「結び」や「縁」や「運命」という言葉を使うのだろうなとは思います。

――では監督ご自身の解釈としては瀧と三葉は、運命の相手と出会ったわけではない?

いえ、映画では「運命の相手と出会った」という描き方をしています。しかし、僕は今回の作品中で「なぜ三葉が入れ替わったのが瀧だったのか」という理由は、敢えて描かないようしました。三葉は誰かと夢の中で入れ替わる必要がありました。災害から人々を救うために、あるいは自分が助かるためにそうする必要があった。ただ、その相手が瀧である必然性はない方がいいと思ったんです。

――なぜですか?

「瀧でなければいけない」という話にすると、それこそ決定論になってしまいます。観客にとって、自分たちと入れ替え不可能な物語になると思ったんです。脚本会議でも「なぜ瀧なのか?」という声は出ましたが、そこに理由があっては逆に駄目だと思いました。瀧と三葉の出会いに必然性を求めると、物語の可能性を狭めてしまう。僕たちの人生の可能性を狭める話になる気がしたんです。

――2人の出会いは、まったく予測不可能な偶然で構わないと。

むしろその方がいいだろう、と思いました。

■作品を通じて「世界がちょっとでも良くなればいい」
――新海監督は、今回の映画で観客にどんなメッセージを届けたいと思いましたか?

107分間の映画という体験を「とにかく楽しんでほしい」と、最初から思っていました。せっかく映画なんだから、映像もきれいで、音楽にもドキドキして、展開も予想できなくて、涙も流して、笑い声をあげて、「ああこの107分間良かった」と思ってほしい。「それがエンターテインメントだ」と、はっきり目標にしていました。

そこまで強い気持ちで「エンターテインメントを作ろう」と思ったのは、この作品が最初でした。まずは楽しんでもらえれば、それで十分幸せだし、自分の役割をある程度果たせたとは思います。その上で感じてほしいことがあるとしたら、やっぱり「もしも私があなただったら」という想像力ですよね。そういう想像力を刺激するような作品であればいいなと思いました。

――震災以降、日本人みんなが感じているそういった思いと、どこか通じるところがあればということですね。

そうですね。必ずしも、震災までリンクしなくてもいいと思うんです。「自分が誰かだったら」というのは、全ての思いやりや、共感のベースだと思うんですよね。「これはとても辛い」と思って、出会ったこともない人のために寄付をする。会ったことのない人の境遇に、涙を流すこともできる。

それは、エンターテインメントを楽しむうえでの基本的な素養でもあるんです。物語を通じて、人は共感することを学んでいくんだと思います。そこで培われた共感は、現実世界でもきちんと自分の人生を助けてくれる。「もしも自分が自分ではない誰かだったら」という想像力に作用するような物語を作りたいと思っていました。人間の最も大事な能力の一つが、共感であり他者への想像力ですよね。

「世界が少しでもより良くなればいい」という気持ちは、誰の中にもあります。僕も自分の仕事を通じて世界がちょっとでも良くなればいいって気持ちはあるんです。

今回の『君の名は。』を作るときも、この映画によって「もし自分が自分じゃなかったら……」と考えるきっかけになればという思いがありました。たとえば僕は今回『君の名は。』が幸運にもヒットしましたが、『君の名は。』がヒットしなかった自分だって、別の世界にいると思うんですよ。今の自分じゃない自分っていうのは、やっぱりどこかにいます。

『君の名は。』に引きつけて言えば、三葉がいなくなってしまった世界だってあると思うんですよね。

――もちろんいなくなってしまった世界もあるだろうし、あの2人が会えない世界も……。

それもあるでしょうね。取りこぼしてしまった可能性は常にあって、そこに思いを馳せることが、世界を少しでも良くすることだと思っています。
 via http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/20/makoto-shinkai_n_13739354.html

◆『君の名は。』新海誠監督の人生を変えたのは、宮崎駿さんの『天空の城ラピュタ』だった
『君の名は。』が空前の大ヒットとなった新海誠(しんかい・まこと)さん(43)は、その異色の経歴でも知られる。アニメーションの監督になるのは、アニメ会社で動画や原画などアニメーターしての修行を積むケースが多いが、新海さんはTVゲームソフト会社「日本ファルコム」で、ゲーム用のオープニングムービーなどを担当していた。2000年に自主制作した短編アニメ『彼女と彼女の猫』が第12回CGアニメコンテストでグランプリを受賞する。ファルコム退社後、2002年に『ほしのこえ』で商業作品デビューをした。
『君の名は。』の制作経緯を聞いたインタビュー前編に続いて、新海監督にアニメーション業界に入った経緯と、「ポスト宮崎駿」という評価も出ていることについて、新海監督自身はどう思っているのかを聞いた

――新海監督はゲーム会社に勤めながらアニメを自主制作し、その後アニメ監督になりました。アニメーターから監督になることが一般的なアニメ業界では特殊な経歴ですが、なぜアニメを作りたいと思ったんですか?

もちろんアニメが好きだったというのが大きいんですが、「自分が今生活している世界」のことを描きたいと思ったんですよね。ゲームはゲームで創作物だし、小説や映画と同じように感動することができるんですが、僕が勤めていたゲーム会社は、ファンタジー系のロールプレイングを作る会社だったんですよ。
現代物が当時なかったので、剣と魔法の世界を描くゲームを、会社で毎日ひたすら作っていました。それはそれですごく楽しかったんですが、それを作っている自分は毎日、満員電車に乗って、朝6時に起き、スーツを着てネクタイを締め、会社に行って、終電で帰っていました。
当時の自宅の最寄り駅であるJR武蔵浦和駅から自転車に乗って、家の途中のコンビニで晩御飯を買って、夜中の1時か2時ぐらいにコンビニ弁当食べて、ちょっと本読む……という生活でした。自分が作っているものと、自分の生活があまりに違う。
自分の生活……。たとえばマンションの鉄の階段とか、コンビニの看板とか、そういうものが出てくる作品を作りたいという気持ちがどんどん強くなっていきました。勤務先のゲーム会社の方向性と、どうしてもずれてきたので、自分の日常に近いものが出てくるアニメーションを自主制作で作り始めました。「自分の日常を肯定したい」という気持ちがあったんだと思います。

――ではアニメという媒体をやりたかったというより、身の回りの日常を自分なりに咀嚼して描きたかったと?

でもアニメを選んだのは、単純に絵が好きだったんだと思いますね。あと絵で表現されるもの、人の目で一度解釈されたものを見るのが好きだというのもあると思います。僕は中学一年生のころに、宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』を映画館で見たときの衝撃がすごく大きくて、今でも強く覚えています。
『ラピュタ』を見て「雲ってなんてきれいなんだろう」と思ったんです。『ラピュタ』の背景美術を通じて、雲の美しさを突きつけられました。『ラピュタ』を見たあとに現実の空を見たら、こんなに複雑で美しいものだったんだと、作品を通じて教えられたような感覚がありました。絵って、世界の見方を人に教えてくれるものだと思うんですよね。だからこそ絵画っていうものがずっとあるわけで。だから絵そのもののそういう魅力が、好きだったんでしょうね。

■「宮崎駿さんは最後の国民的作家かもしれない」
――『君の名は。』の興行収入は宮崎監督の『もののけ姫』にも迫る勢いです。(編註:11月27日までに『もののけ姫』を超えている)。新海監督をポスト宮崎駿と見る声も出ています。宮崎駿監督は新海監督にとって、どういう存在でしょうか?

もう何もかも違います。僕は、まだお会いしたこともありません。宮崎駿さんは、映画監督が国民的作家であり得た、もしかしたら日本で最後の人かもしれないと思っています。
夏目漱石や村上春樹など、日本の誰もが知っていて、誰もが一度は作品を目にしたことがある人が国民的作家だと思います。でも、そういう存在が失われつつある気がします。価値感が多様化していき、ネットでいくらでも作品を楽しめる状況では、一つの映画を繰り返し見ることが減っていくと思うんですよ。
みんなが、それぞれ違うものを別々に楽しむ。そうなると、国民的作家は登場しにくくなります。宮崎駿さんはそれができていた。彼の圧倒的な才能と能力がそれを可能にしていた部分もあるし、時代が可能にしていた部分もあると思います。だから、これから先、ああいう人は現れないんじゃないかなと思います。

――新海監督ご自身は、そういった国民的作家になりたいという気持ちは?

ないです。今回の『君の名は。』に関して言えば、観客数でいえば1400万人行きましたから、作品自体は、たまたまこの世の中にリンクしたと思うんですよ。やっぱり『君の名は。』というのは、そこまで届いた作品だと思います。
でも宮崎駿さんは、彼の人生そのものが、日本の社会とリンクし続けた人です。そういう人って滅多に現れないと思うんです。作ったものが1作、2作がたまたま世の中とリンクするということは稀に起きると思うし、『君の名は。』はそういうことが、自分の身に起こった作品だと思います。ただそれが、今後もやり続けられるとは全く思っていません。

――では今後、どういう作品を作りたいですか?

それも分かりません。その都度、テーマを見つけて単純にベストを尽くすだけだと思います。
あと自分に何かアイデンティティがあるとしたら「観客と繋がっている」と思っていたい。「観客のために物を作るんだ」と思い続けたいですね。「こういうものが見たかったんだ」って観客の皆さんに思ってもらいたいんです。「見たいものを作る」だと、ある種予想ができます。でも、何か自分では気づかなかったけど「これが見たかったんだ」と、作品を見るたびに思ってもらえたら幸せですよね。

■ものづくりは「人が生きるのを助ける仕事」
――新海監督は異色のキャリアでアニメ監督になり、ある意味で夢を叶えたと思います。世の中には、夢を叶えられなくてモヤモヤしている人も多いと思いますが、そういう人々へのメッセージがあれば。

あまりポジティブなメッセージは届けられないんです。「頑張って続ければ、いつか届くよ」みたいなことが言えるわけではないです。それって分からないじゃないですか。
僕だって『君の名は。』がヒットしなかった自分もいるかもしれないと思っているし、商業デビュー作の『ほしのこえ』が当たらなかった自分というのは今でもいるような気がしています。だから映画監督なり、アニメーターなり、ものづくりを目指す人に何か言えるとしたら、ものづくりは「誰かを少し助ける仕事」だと思うんですよね。たとえば医者や警官など、社会の中で明快な有用な役割がある仕事とは少し違うように見えるけど、でもやっぱり「人が生きるのを助ける仕事」だと思います。
自分たちも、創作物に助けられてここまで生きてきたはずですよね。漫画やゲームやアニメ、小説に助けられて生きてきたはずだから、自分もそのサイクルの一部だと思ってもらえたらうれしいですね。自分が誰かを助けていて、自分も誰かに助けられている。「作品を作る」とはそういう行為だと思ってもらえたら、ヒットするヒットしないとは別の水準で、自分のやっていることに誇りが持てると思うんです。
via http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/20/makoto-shinkai_n_13741822.html



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[動画] ニューヨーク公共図書館 5万2000冊の本が並ぶまで。 はてなブックマーク - [動画] ニューヨーク公共図書館 5万2000冊の本が並ぶまで。

ニューヨーク公共図書館が10月初旬、リニューアルのために閉鎖されていた読書室「ローズ・メイン・リーディングルーム」をオープンした。市は1200万ドル(約12億5000万円)を投じて、2年をかけて読書室の天井の補強工事などを行った。美しく壮大な空間には、5万2000冊の書籍が並ぶ。
同図書館は、図書室の改装や書籍を再び並べる過程をタイムラプス動画で撮影した。・・・
via http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/21/nypl-book-shelving_n_12595720.html

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台湾が原発全廃へ 福島第一事故受け、25年までに停止 はてなブックマーク - 台湾が原発全廃へ 福島第一事故受け、25年までに停止

 台湾の蔡英文(ツァイインウェン)政権が2025年に「原発ゼロ」にすることを決め、行政院(内閣)は、再生エネルギー事業への民間参画を促す電気事業法の改正案を閣議決定した。太陽光と風力発電を中心に再生エネの割合を20%まで高めることを目指す。東日本大震災後の反原発の民意を受けたもので、改正案は近く立法院(国会)で審議に入り、年内の可決を目指す。
 世界的にはドイツが2022年までの原発全廃を決めるなど、欧州を中心に脱原発の動きがある。一方、増える電力需要に応えるため中国やインドが原発を増設させており、アジアでは台湾の取り組みは珍しい。
 改正案は20日に閣議決定され、6~9年かけて発送電分離も行う。蔡総統は「改正は原発ゼロを進め、電源構成を転換する決意を示すもの」としている。
 台湾では原発が発電容量の14・1%(15年)を占め、現在は第一~第三原発で計3基が稼働中。

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だが、東京電力福島第一原発の事故で台湾でも反原発の世論が高まり、原発ゼロを公約に5月に就任した蔡氏が政策のかじを切った。台湾も日本と同様に地震が多い。稼働中の全原発は25年までに40年の稼働期間満了となる。同法改正案では25年までに全原発停止と明記し、期間延長の道を閉ざす。
 改正案では再生エネルギーの発電と売電事業をまず民間に開放。送電は公営企業の台湾電力が引き受ける。これまでは台湾電力が電力事業を基本的に独占してきたが、同社を発電会社と送売電会社に分割。再度法改正を行い、再生エネ以外の電力事業も将来開放する方針だ。
 政権は原発に代わる電力源として再生エネルギーに力を入れる。太陽光と風力発電を再生エネの柱とし、発電容量の割合を現在の4%から25年には20%に拡大することを目指す。石炭発電は30%、天然ガス発電は50%とする。また太陽光発電を今後2年で152万キロワット増やすなどといった短期的目標も設定。電力購入価格の20年間保証や融資優遇策などで民間投資を呼び込む。
 再生エネは天候などに左右されるため、同時に節電や蓄電にも取り組む。ただ、太陽光発電は10年で24倍にする計画で、政権の思い描く通りに進むのかどうか疑問視する声もある。電力関係者の間からは「実現のハードルは非常に高い」との指摘も出ている。
via http://www.asahi.com/articles/ASJBQ5Q7SJBQUHBI014.html

・原発ゼロにかじを切った台湾。資源の少ない「島国」の決断は吉か凶か
 http://www.mag2.com/p/news/225341

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