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レジェンド 故ヨハン・クライフが自伝で明かした「歴代ベストイレブン」 はてなブックマーク - レジェンド 故ヨハン・クライフが自伝で明かした「歴代ベストイレブン」

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 サッカー界のレジェンドである故ヨハン・クライフ氏が、生前に選んでいた「歴代ベストイレブン」が明らかになった。5日付の『マルカ』などスペイン複数紙が伝えている。
 クライフ氏は現役時代にアヤックスやバルセロナ、オランダ代表でプレーし、新時代のサッカーとなる「トータルフットボール」を体現する選手として伝説的な活躍を残した。指導者としてもバルセロナで成功を収めた同氏は、今年3月に肺がんのため68歳で死去した。
 そのクライフ氏が書き遺していた自伝が今週スペインで発売され、その中で同氏の選んでいた歴代サッカー界のベストイレブンが明らかになったとしてスペインメディアが伝えた。クライフ氏の選んだベストイレブンには、ペレ氏やディエゴ・マラドーナ氏などのほか、同世代のライバルだったドイツのフランツ・ベッケンバウアー氏も選出。オランダ代表やアヤックスのチームメートとしてともにプレーしたルート・クロル氏やピート・カイザー氏も選んでいる。
 その他には、GKとして史上唯一のバロンドールを受賞した旧ソ連の名GKレフ・ヤシン氏や、ペレ氏とともにブラジル代表で活躍したカルロス・アウベルト氏とガリンシャ氏、イングランド代表を1966年ワールドカップ優勝に導いたボビー・チャールトン氏、バルサの宿敵レアル・マドリーのレジェンドであるアルフレッド・ディ・ステファノ氏が名を連ねた。
 一方、バルセロナで自身の見出した”愛弟子”ジョゼップ・グアルディオラ氏もメンバー入り。そのグアルディオラ氏が最も若い選手となっており、歴代最高の選手の一人とも評される現バルセロナのエース、リオネル・メッシなどは11人に含まれていない。
via http://www.footballchannel.jp/2016/10/06/post178661/

WS002
■GK
・レフ・ヤシン(旧ソ連代表)

■DF
・カルロス・アウベルト(元ブラジル代表)
・フランツ・ベッケンバウアー(元西ドイツ代表)
・ルート・クロル(元オランダ代表)

■MF
・ガリンシャ(元ブラジル代表)
・ボビー・チャールトン(元イングランド代表)
・ジョゼップ・グアルディオラ(元スペイン代表)
・アルフレッド・ディ・ステファノ(元スペイン代表)

■FW
・ディエゴ・マラドーナ(元アルゼンチン代表)
・ペレ(元ブラジル代表)
・ピート・カイザー(元オランダ代表)



◆故クライフ氏の自伝が話題に「私がL・エンリケを説得してマドリーからバルサに連れてきた」
 今年3月に68歳の若さで生涯を閉じたヨハン・クライフ氏が、晩年に書き留めた自伝がこの度スペインで出版され、生前の興味深いエピソードの数々が話題を呼んでいる。
 クライフ氏は、“Johan Cruyff 14. La autobiografia”とのシンプルなタイトルが付けられた同書で、自身のテクニックがストリートで磨かれたものであることを強調している。
「私の全てはストリートで始まった。あの場所では不利な事を有利な事として捉えられるようになった。例えば、狭い歩道を挟む壁は、障害ではなくワンツーをするチームメイトの代わりになった。また、セメントの上で転ぶと痛いし傷ができるので、そうならないようにプレーした」
 アヤックス時代には野球部門にも所属し、キャッチャーをしていたクライフ氏は、その経験が大きく生きたと実感していたという。
「ベースボールをプレーしたことで、その後のフットボールに役立つ多くの事を学んだ。例えば、キャッチャーは球場全体を見渡しながらプレーするが、これは私のフットボーラーとしての武器である視野の広さや読みの鋭さといった能力の向上に繋がった。2つのスポーツには多くの共通点がある」
 クライフ氏はまた、幼少期に最も影響を受けた選手として、レアル・マドリードの伝説であるアルフレッド・ディ・ステファノ氏と自身の前のオランダ代表のスターであるファース・ヴィルケス氏の名を挙げている。
「私には良く話題にしていた2人の選手がいた。その1人はデイ・ステファノだ。彼はスペースの使い方を完璧に心得ていた。もう1人はヴィルケスだ。彼は抜きん出たドリブラーだった」
 一方、現在バルセロナを率いているルイス・エンリケ監督が現役時代にレアル・マドリードからの“禁断の移籍”を行った一件を振り返ったクライフ氏は、自身が指揮官を解任される直前に引き抜きに成功していたことを明かしている。
「自分がバルセロナの監督を解任されたというニュースを新聞で読んだ時は唖然としたよ。なにしろその2日前には新シーズンに向けた話し合いがあり、私はルイス・エンリケと個人的に話をしてマドリーを辞めてバルサに来るよう口説いたばかりだったからね。彼が移籍をしたのは私の説得によるものだ」
via http://www.soccer-king.jp/news/world/esp/20161006/501182.html


◆あのヨハン・クライフが、「リヴァプール愛」を感じていた
 http://qoly.jp/2016/10/08/johan-crujff-wanted-to-move-to-england

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