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気になった記事や事柄を 自分のノート代わりとする場に していけたらと思ってます。

2016年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年02月

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[アニメ] アンパンマン・カレーパンマン・食パンマンの復活方法 はてなブックマーク - [アニメ] アンパンマン・カレーパンマン・食パンマンの復活方法

■アンパンマン
敵から攻撃を受けたとき、顔が濡れてしまったとき、パンで出来ているアンパンマンはジャムおじさんがつくってくれた新品のアンパンと顔を取り替える。

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■カレーパンマン
ジャムおじさんが野菜を切るところからカレーをつくり始める。そのカレーをカレーパンマンの口から注ぎ込む。

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■食パンマン
お腹が空いた子供に出会ったとき、日光で顔を焼いて食パンをあげる。顔は複数枚から出来ているから1枚ぐらいあげても平気な便利構造。

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[大相撲] 稀勢の里、初V~横綱昇進へ国内出身19年ぶり はてなブックマーク - [大相撲] 稀勢の里、初V~横綱昇進へ国内出身19年ぶり

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 大相撲初場所千秋楽は22日、東京・両国国技館で行われ、既に初優勝を決めていた大関稀勢の里(30)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が、場所後の横綱昇進を確実にした。結びの一番で横綱白鵬を破って14勝1敗の好成績とし、昨年は11月の九州場所で優勝次点の12勝を挙げ、初めて年間最多勝に輝いている。
 日本相撲協会審判部は稀勢の里の横綱昇進を諮る臨時理事会の開催を八角理事長(元横綱北勝海)に要請。理事長は23日に開かれる横綱審議委員会(横審=守屋秀繁委員長)に諮問し、推薦を受けた上で、25日の春場所番付編成会議と理事会で正式に決定する。横審の内規では横綱推薦の基準を「大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績」と定めている。
 日本出身力士としては、1998年夏場所後の横綱3代目若乃花以来19年ぶりの昇進で、2003年初場所中に引退した貴乃花以来の横綱が土俵に戻る。
 稀勢の里は新入幕から73場所をかけており、昭和以降で最も遅い出世。大関通過31場所は、昭和以降3番目のスロー昇進となる。
 新横綱の誕生は、14年春場所後の鶴竜に続き72人目。茨城県出身では1936年春場所後の男女ノ川以来81年ぶり。モンゴル出身の白鵬、日馬富士、鶴竜と並んで最高位に就き、春場所からは00年春場所(曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸)以来の4横綱時代を迎える。[2017.01.22]



◇稀勢の里の略歴
 稀勢の里 東大関。本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋。30歳。02年春場所に萩原のしこ名で初土俵。04年夏場所に17歳9カ月で新十両、同年九州場所に18歳3カ月で新入幕と昇進し、ともに貴花田(後の横綱貴乃花)に次ぐ年少記録。新入幕時に稀勢の里に改名。11年九州場所後に大関昇進。金星3個。三賞は殊勲5回、敢闘3回、技能1回。187センチ、175キロ。得意は左四つ、寄り、突き。
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2017012200050&g=spo

・稀勢の里、大願成就=「不器用」に綱とり-大相撲初場所
 稀勢の里は自身の性格を「不器用」「神経質」と評する。18歳3カ月での新入幕は貴花田(のち横綱貴乃花)に次ぐスピード出世。そんな逸材が、不器用なりに粘り強く歩んで大願成就。長い足踏みを経て初賜杯を抱き、横綱昇進も確実にした。
 30歳で綱をたぐり寄せたのは、元隆の里の先代師匠と同じ。15歳で入門して以来、その恩師に言葉遣いや食事の取り方など、力士の素養をたたき込まれた。「忘れることはない。本当にたくさん。一つ一つ実行することが一番」
 2011年11月に急逝した先代は生前、まな弟子を叱咤(しった)し続けた。「もっと泥臭く雑草魂で。目先の一勝でなく人生一生の勝利を」。土俵の外では「謙虚さが美徳。分析力と自分を鼓舞する力が必要」と心の成長を求めた。
 苦い経験を一つずつ力に変えながら、教えに応えた。12年夏場所では11日目を終えて2差リードの単独首位に立ちながら失速。初の綱とりに失敗した13年名古屋場所後には「見たことがないくらい記者がいて、自然と(余分な)力が入った。力み過ぎ」と漏らした。
 右足を痛めた14年初場所は初めて休場。綱とりのはずが、かど番へ転落の屈辱を味わった。「(横綱昇進の)夢は若手に託す。自分は幕内在位100場所を目指す」と弱気になる日もあった。それでも勇気を取り戻し、「常に上を目指している。挑戦する気持ちは変わらない」と再起した。
 初賜杯獲得で他の3大関に先を越されたのも転機の一つ。その悔しさから、闘志の火が燃え上がった。「まだまだ自分も間違っていないという気持ちで、一生懸命にやるしかない」。ウオーキングを取り入れ、四股の形を改善して下半身を鍛錬。内臓への負担を考慮して節制にも努めた。
 重圧に弱いとの指摘も受けた。大一番を前にすると、まばたきが突然、増えたが、昨年あたりからはほほ笑むように口角を上げたり、穏やかな表情を浮かべたりして試行錯誤。「結果を残してこそ、あのときがあったからと言える。そうでなければ、ただの過去。夢は見るものじゃない。一番上での景色を見てみたい」。試練を乗り越え、破顔一笑する日が訪れた。[2017.11.22]
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2017012200102&g=spo

・稀勢の里、貴乃花に憧れて=進路を変えた野球少年-大相撲
 稀勢の里は横綱貴乃花(現親方)に憧れて相撲界に入った。「今でも昔の映像を見たりしている」と言う。曙、武蔵丸のハワイ勢らと熱戦を繰り広げ、空前の相撲ブームの立役者。野球に打ち込んでいた萩原少年はそんな雄姿に触発され、「強い男になりたい」と進路を変更した。
 学生出身力士、モンゴルをはじめとする外国勢が席巻する中、貴乃花と稀勢の里はともに中学を卒業し、15歳の春に初土俵を踏んだ。稀勢の里は17歳9カ月で新十両、18歳3カ月で新入幕を果たしたが、どちらも貴乃花に次ぐ年少記録。志を継ぐ力士に、という思いもあってか、貴乃花親方は稀勢の里を温かい目で見守ってきた。
 盤石の形に持ち込んで白星を重ねた貴乃花に対し、稀勢の里は持ち前の馬力と裏腹のもろさを抱えていた。同親方は「謙虚でなければ、自分の隙、弱みが分からない。そうでなければ、相手の強みに気づかない」と説く。
 巡業中には四股などの基本を直接指導。「体力、体もあって、これで横綱に上がれなかったら、もったいなさ過ぎる。開き直りは日本人の美徳でもあるし、それをぶつけたら」。こんな激励にようやく応えた。
 相撲界に不祥事が相次ぎ、客足が遠のいた頃、「国産横綱」稀勢の里が誕生すれば、人気回復の起爆剤になると言われた。それを待たずに盛況を取り戻した今、求められる役割がある。
 少子化が進み、子どもたちが取り組むスポーツも多様化する中、自分自身がそうだったように、「横綱稀勢の里」に憧れる少年ファンを増やすことだ。貴乃花が2003年初場所で引退して以来、途絶えていた日本生まれの横綱が土俵に戻ってくる。[2017.01.22]
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2017012200105&g=spo&m=rss

◆稀勢の里の横綱昇進が決定 横審で満場一致
 第72代横綱の誕生が確定した。日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)は23日、東京・両国国技館で定期委員会を開き、同協会から諮問された大関稀勢の里(30=田子ノ浦)の横綱昇進問題について審議。満場一致で推薦することを決めた。
 この答申を受け、同協会は25日午前9時から開かれる大相撲春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)番付編成会議後の臨時理事会で、稀勢の里の横綱昇進を正式決定する。
 日本出身の横綱誕生は1、998年夏場所後の3代目若乃花以来19年ぶり。03年初場所の貴乃花(現貴乃花親方)を最後に途絶えていた、日本出身横綱が14年ぶりに復活する。3月の春場所は鶴竜(31=井筒)、日馬富士(32=伊勢ケ浜)、白鵬(31=宮城野)のモンゴル勢に加えて、17年ぶりに4横綱となる。
 委員会は10分あまりで終了した。一部で、昨年、初優勝した琴奨菊(32=佐渡ケ嶽)、豪栄道(30=境川)の両大関がその後、成績がふるわない状況を危ぶむ声も出た。それも、賛意を阻むものにはならず、守屋秀繁委員長(千葉大名誉教授)によると、出席した委員8人全員の賛意をもって満場一致で推薦の答申をした。残る委員3人からも、事前に賛意を伝えてられていたという。
 この会議を最後に、任期満了で退任する守屋委員長は「日本国民全員に敬愛されるような横綱になるよう願っている」と期待。30歳6カ月の昇進となるが「日本人の平均寿命は延びている。力士の土俵寿命が延びてもおかしくない。まだまだ活躍してくれると期待します」と語った。[2017.01.23]
via http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1769241.html





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第156回「芥川賞」に山下澄人氏『しんせかい』 「直木賞」に恩田陸氏『蜜蜂と遠雷』 はてなブックマーク - 第156回「芥川賞」に山下澄人氏『しんせかい』 「直木賞」に恩田陸氏『蜜蜂と遠雷』

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 日本文学振興会は19日、『第156回芥川賞・直木賞(平成28年度下半期)』の選考会を東京・築地「新喜楽」で開き、芥川龍之介賞に山下澄人氏の『しんせかい』(新潮7月号)、直木三十五賞に恩田陸氏の『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)を選出した。
 山下氏は1966年1月、兵庫県神戸市生まれ。神戸市立神戸商業高校を卒業。富良野塾二期生。96年より、劇団FICTIONを主宰している。『緑のさる』(平凡社)で「第34回野間文芸新人賞」を受賞。『ギッちょん』(12年文學界6月号)、『砂漠のダンス』(13年文藝夏号)、『コルバトントリ』(13年文學界)が芥川賞の候補作となり、『しんせかい」が4度目の候補作だった。
 恩田氏は1964年10月生まれ。宮城県仙台市出身。東京都港区在住。早稲田大学を卒業。92年、「第3回ファンタジーノベル大賞」の候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。『夜のピクニック』(新潮社)で「第2回本屋大賞」「第26回吉川英治文学新人賞」を受賞。『ユージニア』(角川書店)『蒲公英草紙 常野物語』(集英社)『夢違』(角川書店)など、これまで5回「直木三十五賞」の候補となり、6度目の候補で念願の受賞を果たした。
 芥川賞・直木賞は1935(昭和10)年に制定。芥川賞は新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品、直木賞は新聞・雑誌(同)・単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品の中から優れた作品に贈られる。前者は主に無名・新進作家、後者は無名・新進・中堅作家が対象となる。
 前期・第155回(平成28年上半期)の芥川賞は村田沙耶香氏の『コンビニ人間』、直木賞は荻原浩氏の『海の見える理髪店』がそれぞれ受賞した。
候補作は以下の通り(五十音順・敬称略)。
■第156回芥川龍之介賞 候補作(掲載誌)
加藤秀行『キャピタル』(文學界12月号)
岸政彦『ビニール傘』(新潮9月号)
古川真人『縫わんばならん』(新潮11月号)
宮内悠介『カブールの園』(文學界10月号)
山下澄人『しんせかい』(新潮7月号)

■第156回直木三十五賞 候補作(出版社)
冲方丁『十二人の死にたい子どもたち』(文藝春秋)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)
垣根涼介『室町無頼』(新潮社)
須賀しのぶ『また、桜の国で』(祥伝社)
森見登美彦『夜行』(小学館)

選考委員は以下の通り(五十音順・敬称略)。
■芥川賞:小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、高樹のぶ子、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美、吉田修一
■直木賞:浅田次郎、伊集院静、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、東野圭吾、宮城谷昌光、宮部みゆき

via http://www.oricon.co.jp/news/2084756/full/

・気になるノミネート!芥川賞、直木賞の作品をざっくりまとめ。
 https://matome.naver.jp/odai/2148478929939994201

・ついに直木賞受賞!「恩田陸」原作ドラマ・映画5選
 https://matome.naver.jp/odai/2148487300586952201
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ディディエ・ドログバの物語…一人のアフリカ人少年がスーパースターに上り詰めるまで はてなブックマーク - ディディエ・ドログバの物語…一人のアフリカ人少年がスーパースターに上り詰めるまで

◆5歳で母国からフランスへと渡った一人のアフリカ人少年は、いかにしてフランスで、イングランドで愛されるスター選手になったのか?

圧倒的なフィジカルと決定力を武器にヨーロッパのフットボールシーンで一時代を築いたディディエ・ドログバ。彼はいかにしてスタープレーヤーへ上り詰めたのか?
数々の栄光を手にしてきたその背景には、知られざるストーリーがある。今回は偉大なストライカーの、愛すべき一人のサッカー少年の物語を振り返っていこう。

■幼少期にフランスへ移住
ドログバの成功は、いくつもの苦難を乗り越えた末に得られたものであった。若かりし頃のドログバにとっては、降りかかる数々の困難に打ち勝っていくのは決して簡単なことではなかった。ありきたりな表現ではあるが「試練の連続だった」としても、決して不思議な話ではない。プレーヤーとして何ができるかを問われる前に、自分が誰で、どこの出身で、どんな人間なのかが常に問われていたからだ。それは「植民地支配の影響が色濃く残る時代に生まれた」と書けば想像していただけるのではないだろうか。
コートジボワールの首都・アビジャンで生まれ育ったドログバは5歳のとき、アフリカからヨーロッパへ渡る集団の中に紛れてフランスにやってきた。彼は異国の地で叔父のマイケル・ゴバとともに生活をおくることになった。ゴバはキャリアの大半を2部リーグで過ごしたとはいえ、プロのフットボーラーだった。
そして、ゴバはドログバがフランスで生活することで「成功するチャンスがある」と考える人物だった。そのことに関して、ディディエの家族に説得を試みたほどである。
フランスに移住した当初はうまく適応できなかった。ホームシックにかかり、3年後には一度、失業中であった両親が待つコートジボワールへ送り返されたのだった。
しかし、次にフランスに戻って以降、彼が母国の地を踏むのはかなり先のことになる。青年になったドログバには、作家カマラ・レイが1953年に著した小説「The Dark Child」の主人公レイが当時のドログバと同じ年齢のときに故郷のギニアを離れてパリに移住した際の窮状よりはまだ自分のほうがマシだという慰めもあった。

■遅咲きのキャリア
後に偉大な才能を開花させたドログバだが、決して順調なキャリアを歩んだわけではない。1997年、19歳の時にル・マンから声がかかるまでは、セミプロレベルで長い期間プレーをしていた。1999年1月にル・マンでデビューを果たし、その後も3年間トップチームのメンバーリストに名を連ねたものの、レギュラーとしてプレーしたわけではなく、60試合12ゴールを記録したに過ぎなかった。

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2001-02シーズン途中にギャンガンがドログバにリーグ・アンでプレーするチャンスを与えはしたものの、彼に対する期待は決して高いものではなかった。ギャンガンが降格を免れた同シーズンは、あくまでサブとしてプレーし、20試合で記録したゴールはたったの3つだった。
当時、ギャンガンでコーチを務めていたマーク・ヴェスターロッペは語る。「ディディエはプロクラブのアカデミーでプレーした経験がなかった」「毎日トレーニングをし、毎週試合をこなすことができるようになるまで、4年間かかったんだ」
ドログバは言わば「ダイアモンドの原石」であり、プロフットボーラーとしての生活に適応できていなかった。ジャンクフードをかっ喰らいがちで、私生活での不摂生ぶりを見かねたクラブはすぐに厳しい制約を課した。
もっとも、この判断がドログバを偉大なプレーヤーへ成長させていく。ヴェスターロッペは「ハードワークの大切さを理解してから、彼はとても良い選手になった」と、その成長ぶりに舌を巻いたほどだ。

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■ギャンガンでの飛躍、そしてビッククラブへ
そしてついに才能は開花する。翌2002-03シーズン、ドログバはフィットし、シェイプアップされ、1年目の教訓を生かして26試合で17ゴールを挙げ、ギャンガンをリーグ7位に押し上げる原動力となった。
その活躍ぶりに強豪マルセイユが、トップクラスのオファーといえる400万ユーロ(約5億2000万円)をドログバに提示した。当時の監督であったアラン・ペランは「懸念していたのは、マルセイユのようなビッククラブに適応できるかどうかだけだった」と話している。裏を返せば、その才能はトップクラブでも十分通用すると考えていたわけだ。
もっとも、ペランの懸念は杞憂に終わることになる。ドログバはすっかりリーグ・アンに慣れ、2003-04シーズンには19ゴールを挙げて得点王に輝いた。さらに、マルセイユをUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)の決勝に導いて見せたのだった。
「彼はマルセイユに加入する前も多くのゴールを決めていた。しかし、マルセイユで多くの素晴らしい選手とともにプレーするようになると、より多くのゴールを決めるようになった」とペランは語っている。
そのシーズンの終盤には、チェルシーが当時のクラブ史上最高額となる移籍金を提示してドログバの獲得を目指した。それほど彼の名声は、ヨーロッパ中に知れ渡っていたのだ。
決してエリート街道を歩んできたわけではない。華々しくデビューを飾ったり、10代でレギュラーをつかんだりしたわけではなかった。だが、最終的にドログバはリーグ・アンで80試合に出場し、39得点という結果を残した。その後、彼がロンドンの青きクラブのレジェンドになったことは言うまでもない。大英帝国でもまた、幾多の試練を乗り越えた末、クラブの歴史に名を刻んだのだ。

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ドログバは現在、38歳となった。残念なことに、モンスターも年齢の壁には勝てなかった。圧倒的だったフィジカルは徐々に衰え、ピッチ上で他を圧倒するシーンは減った。現在はプレーできるクラブを探す放浪者となっている。
だが、彼は今までがそうであったように、たとえどのような未来が待ち受けようと、これからも困難を乗り越えていくだろう。それがフットボーラーとしてなのか、新たな道を歩む者としてなのかは分からない。しかしその生き様は、多くの人を引きつけ、多くの(とりわけアフリカの)若者たちに希望を与えていくはずだ。
via goal.com






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FIFA、W杯の出場枠拡大を正式決定。2026年大会から48ヶ国出場に はてなブックマーク - FIFA、W杯の出場枠拡大を正式決定。2026年大会から48ヶ国出場に

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 国際サッカー連盟(FIFA)は10日、理事会で2026年大会よりFIFAW杯の出場国を48ヶ国にすると決定した。
 現在は出場する32ヶ国を4ヶ国ずつ8つのグループに分ける形式を採用しているが、2026年大会からは3ヶ国ずつの16グループによる1次リーグを行う形に変更される。決勝トーナメントには各グループ上位2ヶ国が進出し、32ヶ国によって争われることになる見込み。
 現行方式では決勝まで最大7試合(グループステージ3試合+決勝トーナメント4試合)だったが、これは参加国数が増えても変わらない(グループステージ2試合+決勝トーナメント5試合)。そのため試合数増による出場国への負担は増えない。
 一方でW杯全体の試合数は「64」から「80」に増えるため、大会全体の収入は増えることが予想される。これには選手への負担増を懸念し、W杯の出場国数拡大に反対しているヨーロッパ各国クラブへの配慮があると英『BBC』は報じている。
 1930年の第1回大会は13ヶ国によって行われたW杯は、1998年フランス大会から現在と同じ32ヶ国制に移行していた。
 ブラジル『グローボエスポルチ』などは、今回のW杯出場枠拡大によって各地域の出場枠にも影響が出ると伝えている。欧州が16ヶ国、アフリカが9.5ヶ国、アジアが8.5ヶ国、南米と北中米カリブ海が各6.5ヶ国、オセアニアが1ヶ国という割り当てになるという(0.5は大陸間プレーオフで争われる出場枠)。また一部では南米と北中米カリブ地域を統合する案も出ており、議論が進めばこれまでW杯に出場できなかったような国にもチャンスが大きく広がるかもしれない。
via https://www.footballchannel.jp/2017/01/10/post193425/


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FIFA2016年間最優秀賞各賞受賞者を発表:C・ロナウドはバロンドールとのダブル受賞達成 はてなブックマーク - FIFA2016年間最優秀賞各賞受賞者を発表:C・ロナウドはバロンドールとのダブル受賞達成

◆【最優秀男子選手】
・クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル/レアル・マドリー)
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 FIFA(国際サッカー連盟)は9日、スイス・チューリヒで年間表彰式「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ2016」を開催。男子最優秀選手賞には、レアル・マドリードのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドが輝いた。
 FIFAはフランスのサッカー専門誌『フランス・フットボール』との契約満了で“FIFAバロンドール”(年間最優秀選手賞)が終了したため、今年度から「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ」を新設。C・ロナウドは昨年12月に発表されたバロンドール(世界年間最優秀選手)とのダブル受賞を達成した。
 C・ロナウドはレアル・マドリードで2015-16シーズンのチャンピオンズリーグを制し、ポルトガル代表ではユーロ2016で大会初優勝を果たした。クラブと代表でダブル欧州制覇に貢献した活躍から、2015-16シーズンのUEFA(欧州サッカー連盟)欧州最優秀選手賞も受賞。また、FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2016では決勝の鹿島アントラーズ戦でハットトリックを決め、レアル・マドリードをクラブ世界一へと導いていた。

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 なお、FIFAの男子最優秀選手賞は、各国代表の監督とキャプテン、全世界200以上のメディアに加え、新たにファンのオンライン投票も反映されている。2016年に数々のタイトルを手にしたC・ロナウドは、最終候補に選ばれていたバルセロナのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシとアトレティコ・マドリードのフランス代表FWアントワーヌ・グリーズマンを抑え、名実ともに世界一の栄光に輝いた。
via http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20170110/539404.html


◆【ベストイレブン】

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▼GK
・マヌエル・ノイアー(ドイツ/バイエルン・ミュンヘン)

▼DF
・ダニエウ・アウベス(ブラジル/ユベントス)
・ジェラール・ピケ(スペイン/バルセロナ)
・セルヒオ・ラモス(スペイン/レアル・マドリー)
・マルセロ(ブラジル/レアル・マドリー)

▼MF
・ルカ・モドリッチ(クロアチア/レアル・マドリー)
・トニ・クロース(ドイツ/レアル・マドリー)
・アンドレス・イニエスタ(スペイン/バルセロナ)

▼FW
・リオネル・メッシ(アルゼンチン/バルセロナ)
・ルイス・ スアレス(ウルグアイ/バルセロナ)
・クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル/レアル・マドリー)

※その他の候補者
▼GK
・クラウディオ・ブラボ(チリ/バルセロナ→マンチェスター・C)
・ジャンルイジ・ブッフォン(イタリア/ユヴェントス)
・ダビド・デ・ヘア(スペイン/マンチェスター・U)
・ケイロル・ナバス(コスタリカ/レアル・マドリード)

▼DF
・ダヴィド・アラバ(オーストリア/バイエルン)
・ジョルディ・アルバ (スペイン/バルセロナ)
・セルジュ・オーリエ(コートジボワール/パリ・サンジェルマン)
・エクトル・ベジェリン(スペイン/アーセナル)
・ジェローム・ボアテング(ドイツ/バイエルン)
・レオナルド・ボヌッチ(イタリア/ユヴェントス)
・ダニエル・カルバハル(スペイン/レアル・マドリード)
・ジョルジョ・キエッリーニ(イタリア/ユヴェントス)
・ダヴィド・ルイス(ブラジル/パリ・サンジェルマン→チェルシー)
・ディエゴ・ゴディン(ウルグアイ/アトレティコ・マドリード)
・マッツ・フンメルス(ドイツ/ドルトムント→バイエルン)
・フィリップ・ラーム(ドイツ/バイエルン)
・ハビエル・マスチェラーノ(アルゼンチン/バルセロナ)
・ペペ(ポルトガル/レアル・マドリード)
・チアゴ・シウヴァ(ブラジル/パリ・サンジェルマン)
・ラファエル・ヴァラン(フランス/レアル・マドリード)

▼MF
・シャビ・アロンソ(スペイン/バイエルン)
・セルヒオ・ブスケツ(スペイン/バルセロナ)
・ケヴィン・デ・ブライネ(ベルギー/マンチェスター・C)
・エデン・アザール(ベルギー/チェルシー)
・エンゴロ・カンテ(フランス/レスター→チェルシー)
・メスト・エジル(ドイツ/アーセナル)
・ディミトリ・パイェ(フランス/ウェストハム)
・ポール・ポグバ(フランス/ユヴェントス→マンチェスター・U)
・イヴァン・ラキティッチ(クロアチア/バルセロナ)
・ダビド・シルバ(スペイン/マンチェスター・C)
・マルコ・ヴェラッティ(イタリア/パリ・サンジェルマン)
・アルトゥーロ・ビダル(チリ/バイエルン)

▼FW
・セルヒオ・アグエロ(アルゼンチン/マンチェスター・C)
・ギャレス・ベイル(ウェールズ/レアル・マドリード)
・カリム・ベンゼマ(フランス/レアル・マドリード)
・パウロ・ディバラ(アルゼンチン/ユヴェントス)
・アントワーヌ・グリーズマン(フランス/アトレティコ・マドリード)
・ゴンサロ・イグアイン(アルゼンチン/ナポリ→ユヴェントス)
・ズラタン・イブラヒモヴィッチ(スウェーデン/パリ・サンジェルマン→マンチェスター・U)
・ロベルト・レヴァンドフスキ(ポーランド/バイエルン)
・トーマス・ミュラー(ドイツ/バイエルン)
・ネイマール(ブラジル/バルセロナ)
・アレクシス・サンチェス(チリ/アーセナル)
・ジェイミー・ヴァーディ(イングランド/レスター)


◆【最優秀男子監督】
・クラウディオ・ラニエリ(イタリア/レスター・シティ)
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 FIFA(国際サッカー連盟)は9日、スイス・チューリヒで年間表彰式「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ2016」を開催。男子最優秀監督賞にレスターを率いるクラウディオ・ラニエリ監督が選ばれた。
 イタリア人のラニエリ監督は2015-16シーズン開幕前に日本代表FW岡崎慎司が所属するレスターの指揮官に就任。初年度ながら快進撃を演出し、“奇跡の優勝”とも称えられるクラブ史上初のプレミアリーグ制覇を果たした。
via http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20170110/539405.html

※その他ノミネート9名
・フェルナンド・サントス監督(ポルトガル代表)※最終候補
・ジネディーヌ・ジダン監督(レアル・マドリード)※最終候補
・クリス・コールマン監督(ウェールズ代表)
・ディディエ・デシャン監督(フランス代表)
・ジョゼップ・グアルディオラ監督(バイエルン/マンチェスター・C)
・ユルゲン・クロップ監督(リヴァプール)
・ルイス・エンリケ監督(バルセロナ)
・マウリシオ・ポチェッティーノ監督(トッテナム)
・ディエゴ・シメオネ監督(アトレティコ・マドリード)


◆【プスカシュ賞】
・モード・ファイズ・スブリ(マレーシア/ペナン)

 FIFA(国際サッカー連盟)は9日、スイス・チューリヒで年間表彰式「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ2016」を開催し、最優秀ゴールのFIFAプスカシュ賞を発表した。
 2016年度のプスカシュ賞は一般投票の結果、ペナン(マレーシア・スーパーリーグ)に所属するマレーシア代表MFモハマド・ファイズ・スブリのFK弾に決まった。2016年2月16日に行われたパハン戦、スブリは左サイドからのFKで右足を一閃。無回転のシュートは左右に2度曲がり、ゴール右隅に突き刺さった。“魔球”のようなフリーキックで世界の注目を集め、投票の59.46パーセントを獲得し、アジア初となるFIFA最優秀ゴールに輝いた。
 表彰式に出席したスブリは、受賞のため壇上に上がると、緊張から携帯電話に用意していたスピーチが見つからず焦る様子も見せたが、「ワールドクラスの選手たちと、同じ素晴らしいステージに立てるなんて考えたこともなかった。ペナンのスタッフや監督、チームメイト、マレーシアサッカー協会、家族、マレーシアと世界中のみなさんに感謝したい」とコメント。自身のツイッターでは、「とても緊張したよ。幸運にも携帯のスピーチを見つけられてよかった。みんなありがとう」と綴っている。
via http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20170110/539406.html

・全ノミネート10ゴール

 via http://qoly.jp/2016/11/22/2016-puskas-award-nominate-kwm-1

◆【最優秀女子選手】
・カーリー・ロイド(アメリカ/ヒューストン・ダッシュ)

◆【最優秀女子監督】
・ジルフィア・ナイト(ドイツ/ドイツ女子代表)

◆【フェアプレー賞】
・アトレティコ・ナシオナル

◆【ファン賞】
・リバプールとボルシア・ドルトムントの両サポーター

via https://www.footballchannel.jp/2017/01/10/post193289/
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正しい「おみくじ」の順序 はてなブックマーク - 正しい「おみくじ」の順序

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神社に参拝した際に「おみくじ」を引き、運勢などを占われた方も多いかと思います。
一般的に「おみくじ」は、個人の運勢や吉凶を占うために用いられているわけですが、種類もいろいろとあり、神社ごとに工夫も窺うことができます。その内容には、大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶という吉凶判断、金運や恋愛、失(う)せ物、旅行、待ち人、健康など生活全般に亙る記述を見ることができます。また、生活の指針となる和歌などを載せているものもあります。
そもそも占いとは、物事の始めにあたって、まず御神慮を仰ぎ、これに基づいて懸命に事を遂行しようとする、ある種の信仰の表れともいえます。例えば、小正月などにその年の作柄や天候を占う粥占神事(かゆうらしんじ)や、神社の祭事に奉仕する頭屋(とうや)などの神役を選ぶ際に御神慮に適う者が選ばれるよう「くじ」を引いて決めることなど、古くから続けられてきました。「おみくじ」もこうした占いの一つといえます。
「おみくじ」は単に吉凶判断を目的として引くのではなく、その内容を今後の生活指針としていくことが何より大切なことといえます。また神社境内の木の枝に結んで帰る習わしもありますが、持ち帰っても問題はなく、引いた「おみくじ」を充分に読み返し、自分自身の行動に照らし合わせてみたいものです。
 via http://www.jinjahoncho.or.jp/iroha/omairiiroha/omikuji/


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