FC2ブログ

気になりィーモ!!

気になった記事や事柄を 自分のノート代わりとする場に していけたらと思ってます。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

[プロ野球] 広島・黒田博樹 日米通算200勝達成~野茂以来史上2人目の金字塔 はてなブックマーク - [プロ野球] 広島・黒田博樹 日米通算200勝達成~野茂以来史上2人目の金字塔

WS001

c08a38a2
プロ野球広島の黒田博樹投手(41)は23日、広島市のマツダスタジアムで行われた阪神17回戦で先発して7回を無失点に抑え、今季7勝目を挙げて野茂英雄以来史上2人目となる日米通算200勝を達成した。プロ初勝利は1997年4月25日の巨人4回戦(東京ドーム)。日本球界だけで200勝を達成した投手は24人いる。
 黒田は97年にドラフト2位で広島に入団。2005年に最多勝(15勝)に輝くなど11年間で103勝を挙げ、07年オフにフリーエージェント(FA)権を行使して米大リーグのドジャースへ移籍した。12年からはヤンキースでプレーし、14年までのメジャー7シーズンで79勝。広島に復帰した15年には11勝を記録した。   [2016.07.23] 
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072300285&g=spo&m=rss

◇黒田博樹投手の略歴
 黒田 博樹(くろだ・ひろき)大阪・上宮高から専大を経てドラフト2位で97年に広島入団。05年に最多勝、06年に最優秀防御率のタイトルを獲得。07年オフにフリーエージェント権を行使して米大リーグのドジャースに入団し、12年にヤンキースへ。15年、広島に復帰した。日本のプロ野球通算121勝102敗1セーブ、防御率3.55。米通算79勝79敗、防御率3.45。右投げ。大阪府出身、41歳。

日米通算200勝を達成した広島の黒田博樹投手との一問一答は次の通り。

 -今の心境は。
 まだ実感が湧かない。僕の中では199勝も200勝もあまり変わらないが、節目としてここまで来たんだなとは思う。
 -野茂以来の記録だ。
 偉大な投手に少しでも近づけたのはうれしいこと。まさか自分がここまで来られるとは。米国に行き、マツダスタジアムでこういう日を迎えるとは想像していなかった。

 -印象的な試合は。
 初勝利がないとスタートできないので覚えているし、きょうの球場の雰囲気の中で勝てたことも印象に残るのではないか。
 -投げ続けている理由は。
 まだ体が投げられる状態なので、それなりの責任もある。少々のことでローテーションを飛ばしたくない。

 -チームは優勝に近づいている。
 このまますんなりいくとも思わないが、今年のチームは20年やってきた中でもベストのチーム。素晴らしいチームメートと最後は優勝したい。
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072300359&g=spo

・広島・黒田が日米通算200勝を達成!「残る仕事は優勝のみ」と期待の声
広島東洋カープの黒田博樹が23日の阪神戦に先発。見事な投球をみせ、日米通算200勝を達成した。
この記録は2008年の中日山本昌以来8年ぶりで、カープとしては80年代に11年連続2ケタ勝利など精密なコントロールを武器に活躍した北別府学以来2人目の快挙となる。
また、大卒での200勝達成は阪神・村山実以来46年ぶり。

■FAせず広島に残留
専修大学から広島に逆指名で入団した黒田は、カープのエースとして活躍。2005年には最多勝を獲得するなどしてチームの屋台骨を支える存在に。
そして2006年、FA権を取得。当時の広島は自前で鍛えあげた選手のFA流出が続いてたほか、在阪マスコミが阪神入り決定的との報道を繰り返したため、「黒田も出て行ってしまうのではないか」との不安が広がっていた。
しかし、広島市民球場のスタンドに浮かんだメッセージ入りの横断幕とファンの熱意に押され、残留。この決断が人々の感動を呼び、「男・黒田」のイメージが定着。その男気に魅せられる野球ファンが続出する結果に。

■21億円を蹴ってカープ復帰
広島との契約内容にメジャーリーグに自由に移籍できる条項があったことから、2007年オフにロサンゼルスドジャースと契約。当初は苦しんだが、速球派から技巧派へと転身したことで成績が安定し、2年連続2桁勝利を達成した。
2010年からはヤンキースに移籍し、16勝をあげるなど3年連続2桁勝利。エース格として信頼される存在になり、2014年オフに21億円のオファーを受けたが突如固辞し、アメリカマスコミを驚かせた。
古巣で野球人生を終えるべく、2015年からカープに復帰。1年目で11勝8敗防御率2.55の成績を残し、高い実力をみせつけた。そして今年、投手として区切りの200勝を達成したのだ。・・・
via http://sirabee.com/2016/07/23/139314/

d0474043
・「耐えて麗し」200勝=変化恐れず、日米で実績
 「耐雪梅花麗」。結果を出せずにいた大阪・上宮高時代、黒田はこの言葉に出合った。梅の木が冬の寒さに耐え、春に花咲くさまを詠んだ漢詩の一節は「苦しい気持ちを和らげてくれる」という。環境の変化や葛藤を乗り越えたプロ20年間の足跡とも重なる。
 専大から入団した広島で、5年目の2001年から7年間で6度の2桁勝利。股関節の硬さを補う技を模索しながら、さらに球威をつけた。大学の1年先輩で、社会人を経て広島入りした小林幹英(現広島投手コーチ)は「僕が入って2、3年目ぐらいから、キャッチボールでも球質が変わってきた」と振り返る。
 力に頼るだけではない。渡米前の女房役、倉義和は「スライダーに対応されると、さらに速く曲がりの小さな球を覚えるなど、常に相手の上をいくことを考えていた」と話す。
 08年、ドジャースに移ると一つの決断を迫られた。大リーグの先発は中4日の登板間隔が一般的。日本より短期間で体調を整え、100球を目安により長い回を投げることが求められる。力勝負や完投へのこだわりを捨て、打たせて取るすべの必要性を悟った。
 「スタイルを変える怖さはあったが、プロである以上は結果を残し続けないといけない」。沈むツーシームなどの動く球を習得。打者の情報や癖などを頭に入れ、どう攻めるかを具体的に想定するようになった。ドジャースでの実績を評価されて移籍した名門ヤンキースでも、ローテーションを守り続けた。
 復帰2年目の広島でも、首や肩に不安を抱えながら先発陣を支える。黒田から内角の使い方などの助言を受けた野村は既に今季12勝。「たくさんの経験がある方の話が聞けるのだから、今がチャンス」と野村。日米で培った経験は、首位を走るチームの財産でもある。
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072300292&g=spo&m=rss

・イチローならではの祝福=「日米合算認めない」
 マーリンズのイチローは、ヤンキース時代に同僚だった黒田の日米通算200勝に「日米合算なんて俺は認めない!おめでとう」とコメント。冗談めかした表現で祝福を贈った。
 イチローはピート・ローズが持つ米大リーグ歴代最多の4256安打を、日米通算で上回ったが、米国では「日米通算記録」には否定的な意見も多く、「どうしたってけちがつく」と語っていた。現在、メジャー通算3000安打にあと4本と迫っている。
 黒田は日本で121勝を積み上げた。イチローの言葉は、41歳の右腕が日本で大台に到達することを期待しているようにも聞こえる。
via http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072300305&g=spo

・優勝への通過点? 日米通算200勝を達成した広島カープ黒田博樹
 http://matome.naver.jp/odai/2146166403388075801

・黒田の200勝を支えたカープファンの愛着
 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7373
関連記事
スポンサーサイト



ブログパーツ アクセスランキング

| スポーツ | 03:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://oimoko0114.blog.fc2.com/tb.php/1271-df997142

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT